2015/12/13-15流星群ツアー
9月に旅行会社から届いたパンフレットに、ふたご座流星群を見ようというのが書かれているのが目に入ってきました。流星群を見に泊まりがけで出かけるのも悪くないと思っていたので検討することにしました。
場所は2ヵ所あります。一つは八丈島でもう一つは与論島です。八丈島の宿はほとんどが町中にあるので、周囲が明るく星を見るためにはいま一つです。昨年5月に行ったところなのでパスします。
与論島の方が何となく良さそうです。話に乗りたいのですが、いくつか問題があります。1番は天気です。冬から春先にかけて、沖縄は前線とまでとは行かないけれども、雲の帯が長期間停滞することがあります。これは、与論島は沖縄より北に位置しているので大丈夫と楽観的に解釈します。後でわかったのですが、日本海側地域と同じで寒波がやってくると、東シナ海に雲の帯ができ天気がぐずつくことが多いようです。過去の気象データを調べてみても晴天率はあまり高くないことがわかります。
2番目は、ツアーの内容です。2泊して流星群を見るのはいいとしても、間の日にハイキングが入っています。2泊あれば、2日とも徹夜に近い状態になりそうなので、中日には昼寝休憩が欲しいものです。夕方にちょっとはとれるかな、3日目はまるまる空いているしということで、これもなんとかなるだろうということにします。ハイクには9kmコースと15kmコースがあります。どちらでもあまりかわらないでしょう。同じなら色々まわってみたいというのもあって15kmコースにします。
3番目は、宿の問題です。2人や3人での参加は、一人あたりの代金がアップします。単独では上積み料金がありません。詳しく書かれていませんが、相部屋可になっていますので、相部屋ということになるのでしょう。星を見るために夜中に部屋を出たり入ったりするのは、迷惑をかけることもあります。それ以外にも色々差し障りがありますので、どうしようか迷ったのですが、夜は、星見のためにいないので影響はないだろうということで、この問題点もないということにします。
ツアーで参加することによって、通常の交通費・宿泊より安くなりますし予約の手間も省けます。そういう利点と、生じている問題点は何とかなるだろうということで、「ハイク初級 ふたご座流星群と南国・与論島ウオーキング15kmコース」に申し込むことにしました。
星を見るのが最大の目的なので、周りの環境が気になります。大東島の地形図を買ったついでに与論島の地形図も買いました。これで周辺のようすを確認します。宿の位置は、ネットで検索できます。この時に、2つ問題が発覚しました。1つ目は宿の位置が空港の北のはずれにあることです。飛行機の発着のためにたくさんの明かりが点灯される可能性があります。与論空港の発着便の時刻を調べてみると、日中にしか設定されていません。夜間着陸設備はないようです。この問題はクリアです。2つ目は宿の敷地内に灯台が記されていることです。星を見るだけなら何とかなるのですが、長時間星を追いかけて写真を撮るとなると避けようがありません。地形図とネットで見られる航空写真から避けられそうな場所をいくつか探しておくことにします。
流星以外に見たいものがあります。カタリナ彗星と南十字星です。彗星は夜明け前にはかなり高いところに昇っていますので、東に大きな建物がない限りは見ることができます。南十字星は、夜明け前の南の水平線ぎりぎりに見えるはずです。といって、宿は島の北側にあります。地図で確認する限り、見えそうなところは、宿から直線で1km離れた与論港になります。高い建物から見える可能性もあります。候補としては空港の展望デッキです。どこがいいのかは行ってみないとわかりません。
ふたご座流星群は12月15日3時頃にピークを迎えます。ふたご座のカストルの近くから外に広がっていくように流星が流れるのでこの名前がつけられています。しし座流星群などに比べ予報方法が確立されていません。例年ピークになる位置に地球が来る時が15日3時というだけです。あまりピークの時間がずれた事がない流星群ですからこの時間帯とみていいでしょう。好都合なのは、この時間帯は月明かりがないので暗い流星まで見ることができるということ、ふたご座が頭上近くにあるので広範囲の流星を見ることができるということです。年々流星が増えてきているのも期待される要因です。
流星の観測方法です。見るのは寝転がるとして、レジャーシートがあればじゅうぶんです。寒さ対策も必要ですが、南国なのであるものを着込むことで何とか対応できるでしょう。
流星の撮影です。星の撮影に使えるカメラは2台あります。壱岐で壊れて修理されたカメラとその時に買ったカメラです。カメラを取り付ける赤道儀には、カメラが2台乗ります。どちらかといえば、2台載せた方がバランスが取れるのでカメラ2台で撮影することにします。同じ画角で隣同士の場所が写るようにカメラをセットすることにします。流星の撮影方法は空に向けてシャッターを開けたままにして、そこに流星が入ってくるのを待つしかありません。長時間露出続けると空自体が真っ白く写ってしまいますので、時々シャッターを閉じて再び開ける操作を時々繰り返さないといけません。リモコンで両方同時に操作することもできるのですが、それでも2台のカメラを同時に操作するのは時間を気にしたりとかいろいろ大変です。
そこで、自動で取れるようインターバル撮影を利用することにします。カメラでできるインターバルの間隔は最大で30秒、マニュアル露出の最大は30秒ですが、これではインターバルが作動しません。露出は1段短い25秒にします。これで、25秒撮影5秒停止の繰り返しで、カメラが自動的に星を撮影してくれます。レンズは、できるだけ同じものそろえたいのですが、少しだけ異なっています。八丈島で水滴がついているとわかったレンズの修理が間に合えばこのレンズを利用することにします。
カメラ用のメモリーカードが不足しています。新商業施設に行ったときに、4GBのカードが安売りされていたので買ったのですが、よく考えてみると全然足りないようです。インターバル撮影では1時間に120枚になります。1枚8MBととして、1時間で約1GBになります。4GBではたったの4時間分です。2日で16時間とるとして最低でも16GBのカードが必要になります。さらに、必要なものがあります。カメラの電池です。バッテリーは高価なので買って補充するつもりはありません。単三形電池が使えるようになっているのですが、2台のカメラとも電池ホルダーが必要です。電池ホルダーは2つ持っていますが、このままだと、電池が切れたときに、ホルダーを抜いて……とすることがたくさんあります。ホルダーから電池も固く入りこんでいてなかなか取れません。ホルダーがもう一つあって3つだと、1こ空いているホルダーができます。電池交換は、ホルダーの差し替えでできます。1回のインターバル間でできるでしょう。ホルダーへの電池交換はカメラが撮影中にゆっくりやることができます。単三形の充電池はたくさんあります。今あるだけでじゅうぶんでしょう。
電池ホルダーは、家近くの店では取り寄せになります。メモリーカードとともに大阪市内に買いに行くことにしました。在庫がないことも可能性としてはあったのですが、無事入手することができました。
部屋は相部屋になりそうです。充電の必要が出てきそうですが、コンセントの取り合いになる可能性があります。電源分配器もいりそうです。探しても余分なものが見つからなかったので100円ショップで買うことにします。
旅行会社から送られてきた、持ち物リストにはハイキング関係のものがいっぱい書かれています。トレッキングシューズか軽登山靴・上下分かれているレインウエア・非常食(アメ・チョコ)などです。山道を歩くような装備ですが、地形図を見る限りはそのようなところはありません。必要は感じないし、荷物が多くなるのも困ります。レインウエアは防寒具の代わりになるし、トレッキングシューズは履いていけばいいということで、この2つは用意することにします。アメ・チョコもいちおう買っておきます。
これで買い足さないといけないものはないはずです。
ツアーは13日に出発です。伊丹空港9時30分の鹿児島行きの飛行機に乗ります。そのため、集合は1時間前の8時半です。大東島に比べて集合が40分だけ遅いのですが、伊丹ということで、2時間近くゆっくりと家を出ることができます。
前日までに電話がかかってこなかったので、添乗員は鹿児島からかなと思っていたのですが、伊丹で待っていました。9kmコースと15kmコースで別々の人が担当することになっています。注意事項をを聞きチケットを受け取って、荷物を預けます。前回(隠岐)ほどではないにしても結構並んでいます。ここで時間がかかるのは、航空会社の受け付け態勢に問題があるようです。昼食は買っておいた方がいいということなので探します。空弁は見当たらず、柿の葉鮓ばかりです。コンビニを探しますが、もう一つのターミナルの反対側にあるのをやっと見つけました。コンビニ弁当とペット茶を購入しました。まだちょっと時間があるということで、ラウンジに行ってジュースを飲んで時間をつぶしてから、搭乗口に行きます。
飛行機は4列シートの左側通路側の席です。窓側の席が空いていたのでそちらに座りました。離陸後は雲が多かったのですが、だんだんと晴れてきました。室戸岬方面です。まだ雲が多いのですが、海岸線が続いて行くのが見えます。
この後しばらくは、雲の中で足摺岬は見えませんでした。九州は宮崎市付近の上空を通過したようです。大隅半島が見えているのかなと思っていたのですが、後で地図で確認すると都井岬の方向のようです。
どこが見えているのか理解できないうちに、遠くに特徴のある三角形の山が見えてきました。どう見ても開聞岳です。大隅半島より西にあるのでまだまだ見えないと思っていました。これも地図で確認すると、桜島よりかなり東にあることがわかります。
桜島がすぐ近くに見えてきました。この時点ではまだ山の位置関係で混乱しています。
はっきりしているのは、鹿児島空港への侵入コースが南側からということです。錦江湾から陸地に入るとすぐに、地面が高くなってきました。
鹿児島空港は火砕流(シラス)台地の上にあります。このまま山に突っ込むような形で、飛行機は空港に着陸します。
鹿児島空港には予定通りの時刻に到着しました。ここで、与論行きに乗り継ぎです。ゲートをでたところで、いったん集合し添乗員さんからの指示を受けます。次の乗り場、時刻等の確認です。
乗り継ぎ時間は45分なので保安管理区域からでることは無理です。区域内をぶらぶらします。空港から滑走路の向こうに見えるのは霧島山です。真ん中の高い山が韓国岳です。新燃岳付近は雲がかかっています。
駐機場には、プロペラ機が何機か駐まっています。このうちのどれに乗るのでしょうか。
お土産物とか見たりしてして時間をつぶします。帰りにもここを通りますから買うのは次回です。そうこうしているうちに、搭乗案内が始まりました。すぐに飛行機に乗り込むのではなく、搭乗口から降りたところでバスが待っていて、それで飛行機のあるところまで移動します。飛行機は、中央奥のものでした。飛行機の準備ができるまで、しばらくバスで待たされましたが、無事乗り込むことができました。
与論行き飛行機の座席は、右窓側です。天気も回復していますので景色はよく見えるでしょう。車輪の格納庫が視界を遮っているのは難点です。
離陸直後に見えた霧島山です。地上で見るよりくっきり見えます。
飛行機は左旋回し、鹿児島市上空に向かいます。途中火砕流台地に丸い穴が空いたような地形が見えます。爆裂火口です。米丸という名前で、となりにある住吉池とともに活火山に指定されています。
薩摩半島を縦断するときに見えた枕崎です。
この後飛行機は、海上に出ます。ほとんど海しか見えません。最初に見えてきた島です。黒島です。硫黄島より西にあります。沖縄直行便の時に比べてかなり西寄りのコースをとっているようです。
機内で配られた飛行経路図を見ると、ほとんどの島々の西側を飛行するようです。島が見えるのは期待できません。この後もしばらく島が見えない区間を飛びます。この間に、伊丹で買った弁当を食べることにします。
奄美大島付近で着陸のためベルト着用の合図がでます。もちろん奄美大島は見えていません。しばらくすると島が見えてきました。いよいよ着陸でしょうか。まずは、横断していくようです。
着陸するには、ちょっと高度が高いようです。飛んでいく方向も島から離れるような感じでなにか違うような気もします。空港らしいものも見えません。
結局この島は通りすぎていきました。この時点では徳之島と思ったのですが、沖永良部島だったようです。
この後、前方に島が見えてきました。地形図から読み取られる形によく似ています。今度こそ、与論島でしょう。
見えてきた島に近づいてきました。何となく脇をかすめるようにも見えます。島を周りながら、南側から空港に侵入する場合、島をまわる必要があります。そのコースをとっているのかも知れません。どちらなのでしょうか。滑走路は島の向こう側に見えています。
珊瑚礁のきれいな島です。
海水の透明度が高いので、珊瑚礁の外側が急に深くなっている様子もよくわかります。
島をまわっているように見えます。ほぼ島を半周したときに見えた島中心部方向です。崖のようなものの向こう側が高くなっています。
下の方には、飛行機の影が映っています。かなり大きくなっています。車輪も出して着陸準備万端のようです。
程なく着陸です。与論島をほぼ一周遊覧飛行をしてもらったようです。途中の島々は見られず残念でしたが、これだけでその分以上得をしたようです。
飛行機のプロペラが止まるのを待ってから、飛行機を降ります。正面に見えた与論空港の建物です。
最初に預けた荷物を受け取る必要があります。待っている間に、夜間展望デッキが利用できるか確認しました。夜間空港は閉鎖されていて入れないのでできないとのことでした。星見に使えないことがわかりました。
時刻は昼過ぎです。この後、見学があります。見学に使わない荷物は宿まで先に持っていってもらえます。飛行機に預けた荷物を宿に持っていってもらうことにします。
見学場所は2ヵ所、ユンヌ楽園と与論城址です。マイクロバスでまわります。一応ガイドさん付です。座席は指定されています。指示された場所に座るとすぐに出発です。9kmコースと15kmコースでまわる順番が変わるようです。私たちは、ユンヌ楽園が先になります。
バスは、滑走路の下をくぐって、茶花市街地の方に向かいます。珍しいものだそうですが、よく考えてみると八丈島ではくぐったことがありますし、伊丹空港にもあります。
途中の茶花海岸から見た海です。色がきれいです。
このあと茶花市街地を抜け、狭い道を進んでいる内に、ユンヌ楽園に到着しました。
ユンヌ楽園は、亜熱帯植物園ということですが、それ以外にも、与論島の古民家が残されています。屋根は藁葺きなのですが、上向きに葺いているのが気になりました。節に水がたまりそうな気がします。
奥の壁は石垣になっています。
使われていた道具も保存されています。これは枕です。
甕です。ふたに貝殻を使っています。
サトウキビの絞り器です。上部の棒を牛に引かせて回し、サトウキビを鉄製のローラーの部分に挟み込み絞っていきます。
搾った汁は、この小屋で煮詰めていきます。
ちかくでは、ヤギも飼われていました。シークワーサーの皮をあげた人がいます。子ヤギは食べなかったのですが、親ヤギは食べました。
案内してくれた人が、ソテツの葉で虫かごを作りました。まねて作った人もいます。構造は理解できませんでした。
ユンヌ楽園は、亜熱帯植物園ということです。植物のいくつかを紹介します。
代表的なのはブーゲンビリアです。色とりどりの花が咲いていました。
もう一つは、ハイビスカスです。よく見るタイプのものです。
これもいろいろな種類があります。そのうちの花びらがあまり開かないタイプのものです。ヒメフヨウといいます。
ヒメベニゴウガンです。ネムノキに似ています。ゴウガンは合歓の字が充てられています。
ヤハズカズラです。大東島で見ていたのですが、名前がわかりませんでした。
ハナチョウジです。
名札が色あせていたりなくなっていたりで、名前のわからない花もいっぱいあります。12月というのにいっぱい咲いているというのは、ここが暖かいためでしょうか。
名前のわからない花をいくつか。
ユンヌ楽園で見られる植物を紹介します。
花なのか新芽なのかよくわからないものです。どちらでしょう。ショウガの仲間のようです。
タコノキです。根元がたこの足のようなのでこのような名前があります。アダンともいいます。この2つは別物と思っていました。パイナップルのような形の実をつけています。食べようとした人がいました。
ナンヨウスギです。この後、与論島で何度か見る機会がありましたが、どれも、柱のようになっていました。風で枝がすぐに折れるそうです。ここのも枝はそれほど長くありません。
いろいろな木の実も見られます。シークワーサーは食べさせてもらえました。他にも、グァバもみのっていました。おいしくないそうです。
ユンヌ楽園は、崖際にあります。所々に岩場が見られます。岩石は隆起珊瑚礁のようです。岩の近くには必ずといっていいほどソテツがあります。
庭園や池のようなところもありますが、紹介はここまでにしておくことにして次に進みます。
ユンヌ楽園をでるときには、9kmコースの人たちが、やってきていました。与論城跡の見学は終わったようです。私たちはこれからそちらに向かいます。
ユンヌ楽園から坂を下り、平地に出て南に走ります。左側には崖が連なっています。断層崖と説明がありました。何となくそのようにも見えます。
走って行くうちにだんだん崖に近づいていき、崖を作っている岩石のようすがわかるようになってきます。珊瑚礁の石灰岩のようです。
道は、坂を登っていくようになります。途中にヤンバルクイナのモニュメントがあります。沖縄復帰40周年を祝って作られたそうです。沖縄本島の方を向いているそうです。
坂を登り切ったところから、島の中心部の方に左折すれば与論城跡入口です。
道路をまがってすぐにバスを降ります。ここから歩いて城跡の方に行きます。まだ上り坂は続いていきますが、だいぶなだらかになっています。すぐ左手に、広場があり木が組まれています。ここは、沖縄本島辺戸岬との間でかがり火をたきあって沖縄復帰運動をした場所だそうです。
ここからは、かがり火をたき合っただけあって、沖縄本島も間近に見えます。
もう少し登ったところは見晴らしがよく、ほぼ島全体が見渡せます。与論港から定期船が出て行くところも見えました。
さらに進んで行きます。尾根のような場所で、どこが城跡なのか想像しにくい場所です。奇妙な形の岩が並べられています。昭和28年に奄美諸島が日本に復帰した記念に立てられた祖国復帰記念碑だそうです。
周りには他にもいくつか記念碑のようなものがあります。この岩もそうなのでしょうか。
道の横に、墓地もあります。お城と関係はよくわかりません。
墓地の上あたりから見た、島の東側です。飛行機からはきれいな珊瑚礁が見えたあたりです。
このあたりの道は、城跡っぽい感じもします。建物がどこにどう配置されていたのかは見ただけでわかりません。
今日はかなり暖かいです。歩いているとうっすらと汗をかいてきます。目的地はまだまだ先のようです。
城跡の道を進んでいくと、神社とその下に土俵が見えてきます。土俵では奉納相撲が行われます。
その上の琴平神社です。この右側に土俵があります。神社の下の屋根のようなもののある場所は相撲の観覧席で、手前側から島で偉い人から順に座るそうです。階段脇の石の上は神様の指定席になっているそうです。
琴平神社の正面に地主(とこぬし)神社があります。祀られているのは与論の氏神様だそうです。
その裏手に王舅(オーシャン)の墓があります。琉球王の三男でこの地に城を構えようとした人です。王朝の滅亡により途中で終わっています。
琴平神社の拝殿内部です。古い写真が飾られていますが遠いのと古くなっているのとでよく見えません。
拝殿前には大きな穴がいてトンネルのようになっています。与論城の抜け穴だそうです。
その先は険しい崖になっています。このどこかに抜けるようです。
琴平神社の神殿の裏側にも石垣があります。このあたりにも築城時の石垣が残されているそうです。これがそうなのでしょうか。古いものか新しいものか見ただけではよくわかりません。
与論城の形は龍の形をしているそうです。上から見た形なのでしょう。その頭の部分と手の部分に行きます
頭の部分です。小高い丘になっています。
この上から見た手の部分です。崖の上に細長くせり出しています。
側面は石垣になっていて、城跡だというのがよくわかります。
与論城は、琉球王国の史跡が世界遺産に登録されたときに、その一部として候補地になったのものの、人工的な手が入り過ぎているということではずされた経緯があるそうです。
城の近くで目立つのは、サザンクロスセンターです。登れば見晴しは良さそうです。
他にもユンヌ体験館などもあります。一番遠いところにあったが、十五夜踊り保存館です。
諸々の祈願と感謝のために3・8・10月の旧暦15日に地主神社に奉納される踊りです。保存館というより、その保管のための施設という感じです。その時に被る神様(朝伊名)のお面が見られるということで、ほとんどの人がバスに乗り込んでいたのですが、降りて見に行くことになりました。中には入れないのですが、ガラス越しに見たお面です。
近くで見慣れない蝶が飛んでいました。ハイビスカスの花に止まっているところを撮りました。
初日の見学はこれで終わりです。宿に向かいます。途中にあった信号機です。島唯一らしいのですが、パンフにはもう一ヵ所書かれています。どこの島にあるように、小学校の前ではありません。このあたりは車が多く行き違いに待たないといけないこともあります。
茶花海岸の横を戻って、宿につきます。
与論島にはホテルといえるものは、これから泊まろうとしているところしかないそうです。バスで来る途中にホテルが1つ見えましたが、やっていなさそうでした。
宿に着いたら、最初にいくつか説明事項があります。その後、部屋の鍵を受け取ります。相部屋を覚悟していたのですが、1室一人のようです。ラッキーです。泊まるところはいくつかのコテージの集まりで、各建物に4つずつ部屋があります。空港で預けた荷物を受け取ってコテージに向かいます。フロントのある建物からかなり離れているようです。案内してくれたのですが、どの建物かわからなくなり、結局探す羽目になりました。
部屋の中はちょっと暑いです。風を入れたいのですが、窓には網戸がついていません。空調の使い方もよくわかりません。バストイレの換気を利用して熱を逃がすことにします。
これからしないといけないことは、今晩星を見る場所を探すことです。できたら日没も見たいです。幸いまだ1時間以上あります。
泊まる建物は、フロントから遠いところになるのですが、建物をでた正面に敷地の裏口のような場所があります。そこから外に出て様子を見ることにします。裏道のようなところを抜けると広い駐車場があります。街灯も遠くに蛍光灯が2本ともっと離れて1本あります。こちら側の木を利用して隠せそうです。あまり高いところまで障害物はありません。ここで流星を観測することにします。東側もわりと開けているので、彗星も観測できそうです。南側は少し高くなっていますので、南十字星は無理でしょう。南の水平線近くが見えるところを探しに行きます。
突き当たったところにある道路を南下して行きますが、南の水平線近くまで見えるところはありません。滑走路の下を通る道路でくぐり抜けて海岸側に行きます。抜けたところにあった石垣の石です。チャートが使われています。この島のどこかに、このような不透水性の岩石があるのでしょうか。そういえば、島の中心部高台の中学校の横に貯水池があるといっていました。不透水層があれば水がたまることは可能です。
空港に沿って南下していると、VORと書かれた施設があります。電波関係の何かをしているようです。大阪航空局の管轄のようです。
馬がいました。小さめです。後で聞いたところによると与那国馬だそうです。
ここの脇道を入っていくと、サンセットビーチがあるという表示があります。行ってみます。そのビーチです。プライベートなら手頃な大きさです。
2人組の男女に話しかけられ、ちょっと時間を使いました。真南の水平線はここから見えないようです。他を当たることにします。
元の道まで戻りちょっと進んだところに、与論空港の入口があります。夜間はゲートが閉まり中には入れそうにありません。夜間の観測には無理のようです。
ここから色々脇道をたどりながら進んで行くと、ヨロン駅と書かれているところにつきました。
駅舎の格好をまねているようです。駅名表示もあり、列車の車輪もおかれています。
鹿児島から沖縄まで国道が通っていて、その途中にあたるというので、これが作られたそうです。明日のツアーで来る予定なので、ざっと見るだけにしておきます。南側には遊歩道があります。
磁石を持ってこなかったので正確な方向はわかりませんが、地形図からすると真南の方向は、一番高くなっているところより、わずかに左です。遊歩道を進んで真南の開けているところを探すことにします。
遊歩道も、明日また来そうなので、ざっと見るだけにします。足元はすぐに海で、岩に打ちつける波が見えます。
南側は何とか見えそうなのですが、ここまで来るのは本道から大きく離れているのでちょっと大変です。他の候補地も探すことにします。
そのまま進んで行くと、大きな窪地があり砂が流されてきています。カルスト台地にできるウバーレでしょうか。遠くに与論港が見えます
真っ直ぐ南に進む遊歩道は波で壊されていました。
そのまま残った道なりに進むと与論港にでました。ここからなら、南側は水平線まで見えます。宿からちょっと遠いのが難点です。北側を見ると高いところにここにつながる道路が見えます。この道路からならちょっとだけ近くなります。このあたりしかないようです。
道路に入るために進んでいると、港内に亀の格好をした石がありました。
歩いて行くと、ウェルカメと書かれていました。見事なネーミングです。
道路の高いところから、南の水平線の見えるところを確認したら、この道を北上して宿の近くまで戻ることにします。日没まで20分を切っています。この先しばらくは、海に日が沈むところが見られそうな場所がありません。急いで戻ることにします。
サンセットビーチの入口まで来たときにはかなり日が低くなっています。ここで見るか悩んだのですが、戻ることにしました。その先で見えた夕日です。
そのまま進んで、次に夕日が見えそうな場所に来たときには、沈んでしまった後のようでした。水平線近くに雲が多かったので、雲の中に沈んだようです。
少し進んだところに兼母海岸に降りられる場所があったので降りてみました。砂浜が岩の間に広がっています。
このまま海岸を進んで行こうとしたのですが、正面の岩をまわることができませんでした。元の道に引き返します。
道は滑走路沿いに進んでいきます。滑走路にいたダイゼンです。
道の前方にも別の鳥がいます。近づいていくと飛び立ちましたが、柵の上に止まりました。シロハラのようです。
滑走路の北端近くから海岸に下りられるところがあります。そこからの海岸です。
ここは、宿に隣接しています。宿まで帰ってきたといっていいでしょう。
部屋のある建物に戻ります。途中灯台が見えます。観測にどの程度影響するのか気になります。
部屋に戻ったらすぐに食事時間です。いそいで食堂に向かいます。空を見ると、細い月が見えます。一昨日が新月でしたから今日はちょうど三日月になります。
月の写真を撮ったりしていたので、ちょっと遅れました。食堂のある建物の周りはライトが多くまぶしくてよく見えません。適当に進んでいると添乗員さんからそちらではないといわれました。
夕食は洋食です。パンが少なくちょっと物足りない感じでした。同席の人たちと流星群の話になりました。明晩の天気は芳しくないようです。今日見ておいた方がいいと他のテーブルも含め何人かに話しました。
食堂の上は、広場になっているようです。上がってみると星はよく見えます。灯台の光がまともに見られるのを何とかすればここでじゅうぶんでしょう。
いったん部屋に戻って、道具を持って星見に向かいます。写真を撮るのには、灯台の光は邪魔になります。先ほど確認した場所に向かいます。心配した蛍光灯は赤色で光っています。これなら全然問題がないと思われます。ウミガメのためにこうしているのでしょうか。海から離れたところにあるものも赤色です。
ふたご座が高く昇るまでは、色々と写真を撮ることにします。
まずは、すばるです。
東の空を狙ってみました。オリオンのあたりは茶花市街の明かりが被っています。
頭上近くの天の川です。
西の方に振ってみました。蛍光灯と宿の光をもらったようです。黒い筋は電線です。
オリオン座が見えていたので、大星雲を狙ってみました。
カニ星雲です。右下よりに写っています。
色々している内に、オリオン座も高く昇っていました。
すばる付近を大きく写した写真に、奇妙な筋が入っています。すばるの上、真ん中より少し下寄りでやや右上がりの線です。流星でしょうか。
ふたご座も高くなってきたことですから、流星の撮影態勢に入ることにします。この場所の問題点は時々車が通ることです。ゆっくり走る車もあるので、かなりの時間明るくなっていることがあります。通り抜ける車の台数は少ないのと直接照らされることはないのでがまんしましょう。
ここまでも、たくさんの流星を見ています。これから本格的に撮影することにします。流星観測にも専念できます。今まで写真を撮っていたカメラを1号機とします。最初にセットした撮影範囲です。中央やや右上にぎょしゃ座、右端下寄りにおうし座、下側中央から左側にかけてふたご座が入っています。時刻は23時20分です。
もう一台を2号機とします。この南隣を逆さまに撮ります。すぐに流星が入ります。右上ウミヘビ座の中です。途中で撮影範囲をずらしたりしています。トラブルで動いてしまったということが何度かありました。星の数が違うのは、1号機の絞りが1段絞られていたためのようです。原因は不明です。レンズがしっかりはまっていなかった可能性があります。
時々、雲がやってきて星が写らなくなったりします。真夜中というのに、旅客機も通過しました。外国間をつないでいるものでしょうか。
この直後にも暗いのですが、流星が入りました。矢印の所です。
0時前に1号機の電池がなくなります。想定の範囲内です。すぐに交換します。さらに1時前に、カメラのレンズに露がついてきたことがわかりました。5秒停止の間に水滴を拭いたりとかの処理が仕切れませんので、撮影をいったん停止します。効果はわかりませんが、使い捨てカイロをレンズに貼り付けてみます。作業に10分ほどかかりました。この間もカメラが少し動いてしまいました。終わったらすぐに撮影を開始します。
2時前に2号機に入った流星です。左下ぎょしゃ座からおうし座にかけて流れています。かなり明るい流星のようです。
2時半頃2号機に写った流星です。ふたご座、輻射点付近を流れています。
10分後に1号機に唯一の流星が写ります。右側真ん中付近、ぎょしゃ座からおうし座にかけて流れています。向きと方向が、ふたご座を向いていません。ふたご座流星群のものではなく散在流星でしょう。これも明るかったようです。
同じ流星が、2号機でも写っています。左下隅です。雲も広がっています。
この後、北側から雲がだんだん広がってきました。しばらく見ていたのですが、なくなりそうもないので観測を終了します。時刻は3時半です。
ここまでで見ることのできた流星は96個で、20個ほどは散在流星でした。写真に写ったはっきり流星とわかるものは6個7枚でした。カメラにつけた使い捨てカイロも効果があったようで、その後レンズには露がつくことはありませんでした。
いったん宿に戻って寝ることにします。
部屋に戻って、カイロの処理をします。ビニール袋に入れておくと反応を停止させる事ができるというので、袋に入れます。その後は、1時間半ほど寝ました。あと2つ気がかりなものがあります。彗星と南十字星です。
5時に起きて、星を見ていたところに出かけます。真上には雲が見えます。所々から、星が見えます。水平線近くは暗いのですが、星の見え方がすっきりしません。写してみた写真です。画像処理をしていますので、雲がおおっているのはわかりますが、この時点では、肉眼、撮影後のモニタからは確認できていません。
とりあえず、金星は見えていますので、その近くにある彗星から写真を撮ってみることにします。
思ったより、星の写りがくっきりしません。カメラのモニタからでは金星から彗星までにたどり着くための星がどれなのかもはっきりしません。帰ってからパソコンのモニタで見ると、彗星はかろうじて写っているのがわかります。矢印の先の位置です。
望遠で順番に追いかけようとしたのですが、これでもよくわかりません。写真には金星柱のようなものが写っています。
彗星はあきらめます。もう一つ見たいのは南十字星です。一時南の方の星がよく見えていました。時々雲が流れてくるようです。状況を見ていると、明るい光が3回ほど明滅しました。星にしては明るすぎます。何だったのでしょうか。この間にも流星は6個ほど流れるのを見ました。
ここからでは雲の状況がわからないので、南の空水平線近くまで開けているところまで行って見ることにします。
道を間違えというよりわからなくて遠回りをしてしまいました。滑走路の近くまで来たときに水平線近くのようすが見えたのですが、かなり雲がかかっているように見えました。空が明るくなるまでの間には、退きそうもありません。見に行くのをやめてコテージに戻ります。
部屋では1時間半ほど寝たら朝食の時間になりました。食堂のある建物に移動します。途中の道沿いにバナナの実がついていました。
キョウチクトウのような花も咲いていませいた。プルメリアだそうです。
ゲットウは実がついています。種は飛び散った後のようです。
食堂のある本館の横の木には、メジロが来ていました。
電線にいるのはジョウビタキです。朝は小鳥の活動も活発です。
朝食は、バイキングです。鶏飯が作れるように、ご飯・具・汁の順に並んでいたのですが、それとは知らずにご飯をよそいすぎていました。このままではこぼれてしまいます。明日も同じはずなので、明日作ることにします。バイキングだとつい取り過ぎてしまいます。
ツアー2日目の昼間は、ハイキングをすることになっています。8時30分に本館前に集合です。建物の前の木に鳥がやってきています。昨日見たシロハラです。
集合後出発前に、ストレッチから入ります。ふだん歩く前には、準備体操などしたことはありません。指示に従ってやっておきます。
今日もガイドさんがついています。昨日と同じ人です。ハイクコースは海岸に沿って反時計回りにまわっていっていきます。朝は兼母海岸に抜けられなかったのですが、今回は狭いところを通り抜けていきます。初日は海岸に降りて通り抜けています。道がないのかと思ったのですが、後日駐車場から奥方向に進むと抜けられるということがわかりました。
抜けたところにあった標識です。与論島ハーフマラソンの19kmポストです。ハーフマラソンは、与論島を一周するそうです。ということは、与論島一周は約21kmになるのでしょうか。この先どのコースを走るのかも気になります。
空き地の横に、キジがいました。ガイドさんの歩くのが速く、列が長くなり始めていたので、半分ほどの人は見損ねたようです。
ここから先は、昨日も通っています。写真もほとんど撮らずにどんどん進んで行きます。馬は今日もいました。ちょっと違う道を通って、ヨロン駅に到着しました。
昨日は、先を急いでいたのであまり周りをよく見ていません。景色も見直してみることにします。南側の山の斜面です。昨日は日陰でよく見えませんでした。
このあたりは石灰岩でできているので生える植物は限られているそうです。ソテツとクサトベラともう一つ何かという説明があったのですが、名前は忘れたし、ソテツ以外はどれがどれかわかりません。
北側の海岸です。ブハマといいます。
ヨロン駅から続く遊歩道を尾道(ビドゥ)というそうです。地名なのかも知れません。ここを歩いて行きます。道の入口あたりから見下ろした海です。岩礁がたくさんあります。
道沿いに岩が削られて奇妙な形をしています。岩の形を見て、何に似ているかを考える名人がいました。これは何にたとえていたか忘れてしまいました。犬だったような気がします。
これは、龍のようにも見えます。一つ一つ記録をとっていないので何といっていたかわかりません。感じたのと違うものをいっていたこともあります。記録があっても対応しきれなかったでしょう。
岩の中には、サンゴの化石が入っています。ガイドさんはさっさと歩くのでじっくりと見ている時間がありません。他の化石などを探している余裕はありません。
与論港にだんだん近づいてきました。犬のような形の岩が海面からでています。みんなが犬といっていました。
与論港につきました。昨日見たウェルカメです。船に乗ろうと帰りがけに見るときは頭が左側に見えます。島に到着して見たときは右側でした。
らくだに似た岩があると、話題になっていました。この岩のことでしょうか。
与論港はほとんど素通りです。道脇のアダンの実が色づいていました。パイナップルとよく似ています。とって食べようとした人がいました。
島ではインゲン豆を栽培して全国に出荷しています。国内の一大産地だそうです。ガイドさんは、役場時代に導入指導をしていたそうです。
この先でトイレ休憩が入りました。動き出そうとしたときに、頭痛と吐き気がして気分が悪くなってきました。寝不足の影響なのでしょうか。頭痛。吐き気ともここだけでした。
畑のようなところにサギがいます。チュウサギでしょうか。
このあたりで、ペースが遅いと添乗員さんから注意が入りました。今回のツアーの目的は達成できないといわれました。目的は流星群ではなくハイクだったのですね。確かに案内には「ハイク初級」が先に書かれています。今のところ1時間半でまだ3kmほどしか歩いていません。このままでは夕方までには宿にたどり着きません。急がないといけません。
この先の牛小屋に牛がいました。2件目の牛小屋です。牛を見ていたら、猫はどこにいったかときかれました。猫には気がつきませんでした。
海岸に沿って墓地があります。高波で一部壊れていました。骨壺を地面に埋めるのはこの地方の風習だそうです。ここの骨壺は、小さな小屋のようなもので囲われていました。
与論城にだんだん近づいてきました。道は上り坂になります。添乗員さんからここはゆっくりでいいから登ると指示があります。この道は昨日バスで登っています。
だんだん暑くなってきました。12月だというのに、予報では気温は26℃だそうです。大阪の寒いときと同じ格好で歩いています。上着を一枚脱ぐことにしました。昨日も暑かったのですが、今日は曇っていて日差しがない分楽です。
道沿いの岩ばに洞穴のようなものがあります。ブルーシートがありますが、その下に遺体が安置されているそうです。
道沿いには、ツワブキが咲いていました。あまり食べないようです。
道沿いにおかれた黄金牛の像です。牛の飼育数が増えたことで記念に作られたそうです。
場所はヤンバルクイナの像の近くです。こちらの像は沖縄との友好のために作られたものなのに、与論島にヤンバルクイナがいると思った人がいたようです。
まもなく坂を登り切ります。
坂を登り切ったところの標高は約60mです。見晴がすばらしいです。元来た道の方を振り返ってみました。
一番高いところから、与論城の方へはいかずに真っ直ぐ進みます。今度は緩やかな下り道になります。前方に前浜海岸と風車が見えてきます。
頭上で、鳥の叫ぶ声がしました。縄張り争いでしょうか、2羽の鳥がけんかしていました。一羽が襲われていたのか、単なる縄張り争いなのか一瞬なのでわかりませんでした。
道横の海岸は見えませんが、一ヵ所見えたところのものです。岩に穴が空いています。
坂を下りきったあたりから振り返ってみました。与論城跡のあたりが見えています。
道沿いの木にサシバが止まっています。
ずっと進んで行って海岸に着きます。前浜海岸です。ここでトイレ休憩になります。
ここから前方右手の岩場をチヂ崎といいます。その先端の岩です。上と下で色が違うのは地層の違いでしょうか、それとも別の石が載っているのでしょうか。
休憩が終わったら出発です。
島の周回は続きます。町外れの道沿いの塀の上に甕が固定されています。どういう意味があるのでしょうか。この後、岩の上とかいろいろなところに甕を見ました。
奄水(あまんじょう)です。付近に最古の遺跡があることから、最初に与論に上陸した人たちはこの井戸水を使っていたと考えられています。
ここから、脇道を入っていくと赤崎海岸にでます。岩が所々にある砂浜です。
灯台が見えます。赤崎灯台です。
赤崎海岸から先は、灯台を山側に迂回していきます。しばらく海と離れます。
林にいたサシバが低空を飛んで行きました。わりと近くまで寄ってきます。
林の木に絡んでいたカラスウリに実がついているのを見つけた人がいます。天瓜粉として使われることのある植物です。見るのは本当に久しぶりです。
坂を越えると大金久海岸が見えてきました。
坂の横にビーチリングが見えます。海岸の岩に穴が空いています。小さな海食洞門のようです。
この坂を下りきったあたりから、大金久海岸になります。
大金久海岸の沖の珊瑚礁は、海岸から遠く離れています。浅くエメラルドグリーンの海が広がって見えます。
リュウゼツランの花が咲いていました。滅多に見ることのできないものです。
もう少し進んで、大金久海岸の中心部に到着しました。ここでグラスボートに乗るようです。時間調整と弁当到着を待つ間海岸に降りる時間ができました。行ってみます。
海岸に出たところです。百合が浜と書かれています。ここのことかなと思うのですが、後で聞いた話では沖合に干潮の時にだけできる砂浜のことで、ここから見えるというだけのことです。勘違いしやすいので、きちんとした説明が必要だと思います。
北側です。こちらの方からやってきました。
南側です。かなり長く続いているのがわかります。
海に、目玉のついたようなものが見えます。何かの動物のようにみえました。写真に撮って拡大して確認してみると、ブイに丸い模様がついていただけのようです。
いったん海岸から離れて、昼食弁当を受け取ります。どこで食べてもいいのですが、石垣に腰掛けて食べることにしました。脚をだらんとさせた方が楽かなと思ったからです。
座った近くの土の上にカブトムシの死骸がが落ちています。タイワンカブトムシです。大東島ではトラップをたくさん見たのですが、与論島では仕掛けられているのをほとんど見かけません。
食事が終わり、休憩を取った後グラスボート遊覧に行きます。この頃には9kmコースの人たちも到着していました。私たちと比べて30分遅れくらいのペースでしょうか。
ここで、遊覧船に乗るとは予想外でした。ツアーでどこそこと書かれていも遠くから見るだけの事が多いからです。百合が浜もそれで見るだけだろう。ましてや砂浜に上陸どころか近づくこともないと思っていました。
遊覧船といってもグラスボートで、海底が見られるようになっています。ガラスの反射を抑えるために偏光フィルターを使おうとカバンの中を探したのですが見当たりません。他のフィルターや換えの電池を入れた袋ごとありません。ここに来るまでの間にカバンをいじったときにものが落ちたような音がしたことがあります。そこで落としたのかも知れません。その時は一応周りに落としたものがないか確認して落ちていないと思ったのですが、見落とした可能性はあります。その場がどこだったかを覚えていないので、明日行って探し直すことはできません。落としていたのなら回収は不可能でしょう。
グラスボートに乗り込むのは、こつがいります。桟橋からではなく船首にあるはしごから昇るので波が引いている瞬間にはしごにのらないと足元が濡れてしまいます。
船が動き出してからガラスを通して見えるのは、砂地だけです。漣痕の模様もきれいなのですが、いる生物といえば、時々あらわれる、横たわっているようなナマコだけです。魚は見当たりません。船長さんの話では、大きな魚に襲われたときに逃げる場所ないからいないそうです。
ウミガメがいるのが見えました。いったん顔を出したのですが、そちら側にいた人たちが一斉に立ち上がって見ています。かげになっているので、写真に撮ることはできませんでした。その前後のものです。
ウミガメは船底のガラスの端を通り抜けこちら側に抜けましたが、すぐに遠くに行ってしまいました。
船がリーフに近づくと、魚がいっぺんに増えます。カメラのオートフォーカスが追いつかず、うまく撮ることはできませんでした。何枚か載せます。
百合が浜と呼ばれるところに近づいてきました。波が立っていて、海底が浅くなっていることがわかります。
さらに近づくと。海底の砂地が一部だけ、波が引いたときに海上に顔を出すようになっていました。
もうちょっと潮が引けば完全に砂浜が現れるようです。
船長さんから百合ヶ浜上陸の許可が下りました。ただし条件付です。それは、服が濡れるかも知れないということです。膝上までたくし上げておけば、服を濡らす心配はないが高波が来ると保証はできないとのことです。もう一つ沖側は急に深くなるので行かないことです。みんなは、早速靴・靴下を脱いでズボンをたくし上げて準備しています。砂地はでてるというものの、まだ波を被っている時間の方が多いようです。
みんなは海に浸かりながら、百合ヶ浜を満喫しているようです。
大きな波がきてももまで濡らしてしまいました。上陸は10分ほどで、船に戻ります。帰りがけに見た百合ヶ浜はちょっと広くなっているようです。
浜まで戻ってきて、見返してみてもどこに百合ヶ浜があったのかよくわかりません。
これが、乗った船です。乗り降りは船首のはしごからします。降りるときは波を見ずにできるようになっていました。
ここで添乗員さんから、注意というかお願いがありました。百合ヶ浜の上陸は、船長さんの判断で行われ、今回の上陸は特別サービスであるとのこと。9kmコースの人たちが上陸できない場合もあるので、宿では上陸できたとはいわないようにということです。
9kmコースの人たちの船を見ると、みんなが舳先に集まっているようです。上陸しそうな感じがします。見ていると、一人ずつ降りていくのが見えます。これで箝口令は解除です。私たちもこんな感じで上陸していたのでしょうか。
出発の準備をしていると、飛行機が飛び立っていくのが見えました。
与論島に着陸する前に、飛行機から百合ヶ浜が見えていました。こんな感じでした。乗っている人たちには見えているのでしょうか。
浜からあがったら、ハイクの続きが始まります。
出発の前に、添乗員さんから連絡があります。次の休憩予定地の皆田海岸で、リタイヤするとバスで宿にまで送ってくれるようになっている。以後リタイヤす場合は、自分でタクシーとかを拾うしかない。皆田でリタイヤするかどうかを、そこにつくまでの間に聞くので考えておいて欲しいとのことです。
とりあえず出発です。すぐに橋を渡ります。下の川は、与論島で唯一のものだそうです。茶花にも川があるような気がします。
花をまとめて植えてあるところがありました。そこのブーゲンビリアです。
大金久海岸北端付近です。まだまだ珊瑚礁は沖合にあります。
珊瑚礁にあたる波が大きくなっているようです。潮が引いているためでしょうか。
森瑤子の墓にたどり着きます。作家らしいのですが、ちょっとぴんときていません。
向かいの畑のヘチマです。棚とかは作らないようです。
井戸もあります。島は珊瑚礁だけではなく、地下にはしっかりとした岩石もあるようです。
ここで、添乗員さんから、そのまま、最後まで行きますねと念を押されました。昼食時には、足がかなり張っていました。右足人差し指の付け根にできたまめがつぶれたようで歩くと痛みます。歩けそうに見えるのですね。他の人よりは速く歩いているためでしょうか。ノーとはいえませんね。
皆田海岸に着きました。しばらく海から離れていたのですが、久々に海が見えました。
ここで、トイレ休憩が入ります。
北側の海岸線方向です。沖の珊瑚礁は、はるかかなたです。
海岸の正面に、細長い島が横たわっています。地形図には皆田離と書かれています。珊瑚礁のせいなのか、この島のせいなのか、波は穏やかです。島のパンフには潮流が激しいので要注意と書かれています。
島の南半分です。右側に港の入口があります。
港の海岸です。潮が引いていて、海底がでています。海岸の岩が、波によってとかされたようになっています。
港の岸壁から海中を見ると、熱帯魚が泳いでいるのが見えます。
沖合の珊瑚礁はだいぶ海面上に出ています。だいぶ潮が引いているようです。与論島の潮位予測表はありませんでしたが、近隣地域では、だいたい今頃が干潮のピークのようです。
ここで、リタイヤ組とはお別れです。バスで帰って行きます。われわれはこれからもハイクを続けます。
ハイクの予定コースは、ここから真っ直ぐ島を横切ることになっています。この場合、途中みるものは何もないということです。海岸沿いを行かないのは、途中にトイレがなかったらで、最近できたとのことです。ガイドさんの一存で、海岸沿いのコースになりました。
畑の横を通っていると、ヤギがこちらを見ていました。
あげるものは何もないのでそのままいきます。すぐに寺崎海岸につきました。このあたりでも沖合の珊瑚礁までだいぶあります。
南側の、岩場です。龍の格好だというので、ティララキのメスの龍といわれています。龍というより、ワニに似ています。海に入ろうとしています。
浜に降りる正面にある岩です。トゥマイのオスの龍です。二つの龍は夫婦だとされています。
海岸に小さな穴が空いています。何かと聞かれたのでカニの穴だと答えました。穴を作るときに捨てた砂も放射状に見えます。
ガイドさんが、いきなり砂の中に手を突っ込んで、砂をひっくり返すと小さなカニが出てきました。ものすごい勢いで逃げていき、物陰に隠れようとします。
このあたりは、めがねという映画を撮影した場所だそうです。見ていないので知らないのですが、与論島が携帯の届かない島にされたそうです。星砂を探すシーンがあるのか、みんな探していました。小さなのなら、砂ひとつまみに1個くらいの割合で見つけられます。
このまま海岸を進みます。岩場を登ったり、砂浜に降りたりしながら行きます。
最後の岩場を越えたところに、貝殻がいっぱい集まっているところがありました。巻き貝が多いようです。きれいなのがないか探している人もいました。
岩場を抜けたところは漁港のようになっていました。漁船を引き上げる坂があります。
海底をのぞくと、ナマコがいます。誰も食べないのでしょうか。
陸地側です。アダンが生えています。ユンヌ楽園のものと比べて、地面の這うように広がっているのが特徴です。風が強いせいでしょうか。
道は、いったん海から離れます。道沿いにサボテンような植物が見えます。ドラゴンフルーツです。畑の向こうに一段と大きなものがあって赤いものがついています。花かなと思って写真を撮って拡大して見たのですが、何かよくわかりませんでした。帰ってから、パソコンで写真を確認すると実がなっているのだとわかりました。
再び、海岸に出ました。宇勝海岸です。漁港があります。防波堤に囲まれた港のような所は、砂がたまっています。このような状態で使えるのでしょうか。
海岸の岩場です。ここにも奇妙な形をした岩石があります。沖合の珊瑚礁は、だいぶ海岸に近くなっています。
道はいったん海岸から離れ、墓場の横を通ります。墓石に止まっている鳥がいます。イソヒヨドリです。ガイドさんによると、墓場に多いそうです。メスだといっていました。色で分かりますが、遠くて見てわかりませんでした。
墓場を過ぎると、再び海岸が見えます。これが最後の宇勝海岸です。
ここから、海岸から離れる道をとります。海ともしばらくお別れです。珊瑚礁が海岸に一番近いのはこのあたりだそうです。
道をひたすら歩いて行きます。このハイビスカスが一番きれいだとガイドさんが言っていました。
壺がたくさん並べられている場所がありました。鹿児島の黒酢作りの場所にいています。きび酢と書かれていますから、サトウキビからお酢を作っているのでしょうか。
道を延々と30分ほど歩いてやっと、海が見えてきました。茶花湾です。向こうの隅に宿が見えています。ゴールはまだまだ先のようです。
10分ほどで、茶花の中心部に着きました。一番わかりやすい建物が町役場です。
一番の繁華街といえる場所に入ります。いったんスーパーでトイレ休憩を取ります。早く帰りたい人と、ゆっくりした人他にも色々あって、添乗員さんは調整に苦労しています。
ゴールはまもなくです。気合いを入れてがんばります。町のはずれに製糖工場があります。その煙突です。今は稼働時期ではないようです。
その先にあった発電所です。
ここから、星の写真を撮った場所を通り宿に到着です。裏口から入りましたので、泊まっているコテージに最初につきますが、鍵を取りにフロントまで行かないといけません。往復に10分ほどかかって、やっと部屋に入れます。
皆田海岸から真っ直ぐ進まず、海岸沿いを進みました。ほとんどハーフマラソンのコースに沿って歩いたことになります。とすると距離は約21km、15kmの1.5倍歩いたことになります。
宿に戻ってからすることがいくつかあります。まず、カメラの小物が入った袋の確認です。部屋に忘れていました。落としたのではなくて一安心です。
足のまめのケアもあります。いたかったところを見たのですが、豆がつぶれたような形跡はありませんでした。なぜ痛んだのかは不明です。
別の所2ヵ所にまめができています。水だけを抜いたのですが、歩くとそこが痛むようになってしまいました。歩きづらいです。
夜のことがありますので、今のうちに風呂に入っておくことにします。
なんだかんだとしている内に、夕食の時間になっていました。曇っているので、夕日は無理と初めからあきらめています。
ツアーの予定では、食後はガイドさんと流星の観測になっています。天気が悪いので、星空の説明会になりました。昨日撮った写真に、流星が写っているのが1枚確認できています。これもみんなに見てもらうことにしました。説明会は、パソコンのプラネタリウムソフトを使って星座の解説が中心でした。
終わった後も空を見たのですが、雲におおわれています。とりあえず、12時まで寝て晴れていたら星見に行くことにします。
11時にいったん目が覚めたので、空を見たのですがいくつか星が見えるものの、雲に覆われているようです。いったん戻って、12時に再度確認しました。1時間前と変わりがありません。もう1時間寝ておくことにします。今度は、きれいに晴れ上がっています。機材を持って昨日の所に出かけます。色々と準備している内にだんだん雲が広がってきているようです。セットしているときに、昼間持ち歩いていたカメラの感度が3200になっていました。下げるのを忘れたままとっていたようです。帰ってから見ると、画質が荒れています。
準備ができて、何とか撮り始めた時の写真です。オリオン座が何とか写っています。
こちらは、ふたご座です。
2号機には、2つだけしか星が写りませんでした。シリウスとプロキオンです。
雲が広がってきたためか、星見から帰ってくる人たちがいます。聞いてみたら、30分ほどきれいに晴れていて、流れ星もいくつか見えたそうです。
頭上が明るく見えますが、ずっと同じ所にみえ、雲動きがよくわかりません。よく考えてみると、頭上の明るいものは、近くの町と宿舎の明かりを反射しているためで、暗いところにも雲が広がっているようです。町明かりに照らされた雲です。
2時過ぎに1号機の電池が切れます。交換しようとしたら、2号機も電池が切れました。これは想定外です。電池交換に10分以上かかってしまいました。
3時過ぎまで粘ったのですが、完全に雲におおわれた状態が続いています。あきらめて戻ることにします。この間に見えた流れ星は、薄雲の向こうを流れたものを含めて4個だけでした。
朝、目が覚めると小雨が降ったりやんだりしています。食事の頃にはやんでいたので傘を持たずに、レストランに出かけました。途中にある植木には名札がつけられて説明があります。シンノウヤシと書かれていました。
こちらはクサトベラです。石灰岩地帯の海岸近くでよく見かけます。
タビビトノキです。マダガスカル原産だそうです。
朝食は、今日もバイキングです。鶏飯を期待していたのですが今日はありませんでした。食事が終わったころには再び雨が降り出していました。かさを借りて部屋に戻ります。
今日のツアーの予定は、昼まで自由行動だそうです。決められているのは、チェクアウト11時と出発時刻です。出発時刻があやふやだったので、近くの人に聞いたら11時半といわれました。
自転車を借りて、昨日行かなかったところ、たとえば鍾乳洞とかに行くこともできるのですが、雨模様なので近場で済ますことにします。ツアーには島内で使える金券が、3000円分ついています。買い物がてら、茶花の町まで出かけることにします。傘を持っていこうかどうか迷いますが、結局置いていきました。
町までは昨日のコースより海岸沿いを通ることにします。海岸に出る直前にあった木の上に止まっていたサシバです。かなり近づいて写真を撮ることができました。
茶花海岸です。海水浴関係の建物があります。
海岸を歩いていると。向こうから昨日のガイドさんがやってきました。今日は別の仕事でこちらに来ているとか。そういえば与論島緑化の仕事をしているとかいっていました。何かの苗木を両手に持っています。
話をしていると、いきなり近くの木からサシバが飛び立ちました。おなかが白い色をしています。先ほどのものとは違うようです。与論島ではサシバがたくさんいます。エサになる小動物も多いのでしょうか。こちらの方はあまり見かけません。
道路沿いに植えられたハマオモトの花です。
ここから、役場の前を通って、店を探しながら真っ直ぐ歩いて行きます。でもすぐにまばらになってきました。左に曲がって進むと図書館がありました。昨日はこちらの方には来ていません。というより、昨日歩いた道沿いに店が多かったのでそちらの方に行きたいのですが、どの方角なのか分かりません。
図書館前の脇道にあったソテツです。幹が曲がりくねってすごいことになっています。かなり年季が入っているようです。
道を進んでいくと漁協がありました。ここで買い物をしようとしたのですが、もらった金券が使えないそうです。別の店を探すことにします。
いったん海岸沿いに出て歩いていると観光案内所があったので、県の使える店を確認したところ、ほとんどの店で使えるそうです。最初に入ったところは数少ない例外だったようです。それでも、まだ店を見つけていません。ツアー仲間もいましたが、その辺の店で使えたとか。店のあるところがわからないまま、適当なところで曲がると、昨日通った繁華街に出ました。ここの何件かの店を渡り歩いて金券を使い切ることができました。
時刻は11時です。そろそろ宿に戻らないといけません。時々雨がぱらつきます。濡れた路面にマイマイが出てきていました。
一度道がわからなくなったのですが、地図で確認しながら宿に戻ることができました。
宿に戻ったのですが、聞いたのと出発時刻が違っていたようです。まだ1時間くらい自由時間があります。一番近い海岸の方に行って見ることにします。ここは、宿のプライベートビーチのようになっています。波が砂浜に、きれいな模様を作っています。
こちらは、波の流れが削ってできた模様です。あがってくるときと引いていくときとで違う方向に筋ができています。
砂の拡大です。赤みがかった砂粒はほとんどが有孔虫です。ほんのわずかですが、星砂も混じっています。
岩と砂浜と海の色の対比がきれいです。
波打ち際近くにまで岩がせり出している場所が、所々にあります。波が引いた一瞬を狙って、岩の向こう側に抜けます。
この岩は、波をよけられませんでしたが、低かったので上を乗り越えてきました。
ここまで来たら、もう進めなくなってしまいました。初日に見た兼母海岸まで抜けるのはやはり無理だったようです。
これでも、まだ時間が余っています。レストランで、もずくそばが食べられるというのでいってみました。おいしかったのですが、もずくかどうかはわかりませんでした。食べ終わって戻ってみるといい時刻になっていました。
宿から、空港までは宿の車で送ってもらいます。今日は9kmコースの人たちといっしょです。荷物は荷物用に車に乗せて、バスで移動します。空港でチケットを受け取り、荷物を預けます。終わったら、飛行機の到着を見ようとデッキに上がったのですが、飛行機は到着したあとでした。
デッキからは沖縄本島が見えます。ここからなら南十字星が見えたかも知れません
飛行機の席は通路側でした。離陸直後に、虹が見えるというので、窓側の席の人が見せてくれました。虹は、偏光フィルターで強調することができるのですが、窓にプラスチックが使われているのか、変な色がついて見えます。
1時間ほどで鹿児島空港に到着します。バスの送り迎えではなく、歩いてゲートに行きます。
伊丹行き乗り換えまで1時間半ほどあります。空港内をまわったり、お土産物屋さんを見て回ります。
空港にある足湯です。10分ほど浸かっていました。ぬるい方でちょうどいいくらいです。
空港展示室もあります。見たことがあると思ったら、前回来たときに見ていました。
ラウンジも行ってみました。足湯の所にいた人がいました。声をかけられたのですが、声を出していいのか気になりました。
まもなく、出発時刻になります。搭乗待合室から見た。霧島山です。今日は雲がかかっています。飛行機からの景色も雲ばかりなのでしょうか。
飛行機の席は、今度は右窓側です。窓側通路側と交互になるように配慮してくれているようです。右側・左側というのも交互のようです。
となりの人が、スマホを見ています。ツアーでいっしょだった人に、見た景色を水彩画に描いている人がいました。ブログにアップしているというので見ていたようです。CAさんは何も言わなかったけれどもよかったのでしょうか。
ブログは帰ってから見られると思って、そのままにしていました。家で、サイトを探したのですが、検索して見つけることができませんでした。検索文字の何を間違えたのでしょうか。
飛行機が離陸後雲の上にあがります。霧島山が横に見えます。高千穂峰と新燃岳付近です。韓国岳は雲の中のようです。
山はだんだん前にずれていきます。右旋回しているようです。日向灘に抜けるときに、雲の間から海岸線が見えました。宮崎付近かと思っていたのですが、調べてみるともっと南の日南市付近でした。
飛行機は、離陸後急旋回し、東南東方向に進んだことになります。宮崎上空を通過していても、このあと右側の席からは見えても海ばかりという事になります。
予想通り雲しか見えません。主翼の上にを見ると尾翼の影が落ちています。進路を東北東に変えたようです。太陽がずっと低くなっていることがわかります。
飛行機は何回か気流の悪いところを通過し、少しゆれました。飛び立ってそんなに時間がたっていないのに、離陸態勢に入ったとの案内があります。ふだんは、機長から挨拶があるのですが、今回はありませんでした。離陸前の注意説明がそれだったのでしょうか。
伊丹到着予定時刻は17時10分です。日没直後になるので、日の入り時の空の様子が見られると期待したのですが無理なようです。
正面の雲の中にブロッケンの虹ができています。空も赤くなり始めています。
紀伊半島と思われるあたりに、ひときわ大きな雲があります。頂部しか日が当たっていないようです。地上では日が沈んでしまったのでしょうか。
高度が下がって雲の下に出ると、大阪市内が見えてきます。街明かりがつき始めています。京阪本線野江駅付近です。反対側の席からは大阪城が見えるという声が聞こえてきます。
いつもなら、新大阪駅の真上を通ります。赤川鉄橋と淀川のワンド群がみえます。コースは、ちょっと右寄りかなとも思います。
阪急曽根駅が見えたら、建物の屋根をかすめるようにして、空港に着陸しました。
ここからは、荷物を受け取ったら自由解散です。モノレールではツアー仲間とは1組しか一緒になりませんでした。伊丹なので、比較的早い時刻に家にたどり着きました。
家に帰ってから、流星が写っていないかと確認していたら、奇妙なものがいくつか見つかりました。そのうちの、最も典型的なものです。中央部やや上寄りに、わずかに横に延びる筋となっています。この位置に星がないことは、今回載せる3枚目の写真と比べてみることでわかります。13日23時45分から4分間8枚の写真を合成しています。
わからないものが見つかれば、すぐにUFOとする(未確認飛行物体であるのは間違いないのですが)事がありますが、それはしたくないので慎重に検討することにします。実際には手に負えなかったところもあるので、大阪市立科学館の飯山学芸員の助言をもらっています。
太陽系外のものなら、恒星といっしょに動いて見えますから、線状には写りません。太陽系内、少なくとも地球近傍のものであるのは間違いありません。
まず旅客機でないのは明らかです。旅客機は写真にも点々のついた赤い線となって写っています。
流れ星でしょうか。どんなに長く光っても2−3秒です。もっと線が長くなるはずです。このサイズでは消えてしまっていますが、この中にも1個写っています。静止流星といって、流星がこちら側に向かってきているとしたら動きは小さくなります。流れ星の光っている時間はさらに短くなります。4分間は無理でしょう。流星ではありません。
普通の人工衛星の場合は、流れ星よりは光っている時間は長いのですが、4分間ではもっと動きが大きいはずです。これだけ時間があればほとんどのものは空を端から端まで移動しています。時々明るくなるものもありますが、周期的に繰り返すので他の写真にも写っているはずです。高高度の人工衛星なら動きが遅くなりますが、かなり暗くなるはずで、写真に写るか写らないかのぎりぎりの所でしょう。もっと難点なのは、真夜中ということです。地球の影が空全体をおおっていて、人工衛星に光が当たっていないはずです。影の中心はおうし座にあります。写真では右上隅のちょっと上あたりです。人工衛星とは考えにくいようです
前日にロシアが静止衛星を打ち上げています。情報がないのですが、静止軌道に乗せるための最後のエンジン噴射としたらどうでしょうか。遠くても明るいかも知れません。その場合は、もうちょっと広がって見えるはずだし、静止位置からは北に離れすぎているそうです。ロシアが日本近くの経度に静止衛星を置く理由もありません。
小惑星とします。まずこれくらい明るいと大騒ぎになります。見ている間で明るさはそんなに変化しません。こちらは明るさの差が大きすぎます。除外していいでしょう。
見えそうなもので、思いつくものは全て除外されてしまいました。何か見落としがないかということで、動きから可能性のあるものを探し直してみることにします。
目的のものは、線状に写っています。移動するものはこのように写りますが、本当に移動しているのでしょうか。恒星の動きに合わせてカメラを動かしています。地面に対して静止していても、東へ動いているように写ります。実際の動きの量と比べると、ほとんど同じという事はいえそうです。地面に対して完全に止まっているかどうかはわかりませんが、静止しているといっていい状態でしょう。ピントが甘いので、断定的なことはいえませんが、明るさが変化しているようにも見えます。
空中でほとんど静止できるものとしては、ヘリコプター・ドローン・気球が考えられます。ドローンを夜間見えない状態で飛ばすことはないでしょう。気球も昼間あげないのに夜間に上げる意味がありませんし、一時だけわずかに明るくする事もありません。ヘリコプターも真っ暗な状態で飛ぶのは危険なので普通は飛ばないでしょう。飛んだとしても、旅客機のように少なくとも赤い点滅灯がつくはずです。
常識的に考えたら何も残りませんが、常識で考えられないことが起こっているのではないかと指摘されました。
見た場所は、与論島です。位置的にはほとんど沖縄です。沖縄といえば米軍基地です。米軍ヘリが、夜間偵察訓練をしていたとするとどうでしょうか。航空識別灯をつけては意味がなくなりますし、規制する法律は米軍には適用されませんから無理につける必要はありません。ほとんど静止しているのも説明がつきます。一番納得のいく答えでしょう。
それでもいくつかの疑問があります。見えた位置は、仰角が60度近くあります。ほとんど見上げる感じといっていいでしょう。与論島の上空でしょう。それくらいの位置にヘリがいるのなら、ヘリの音が聞こえるはずです。はっきりとヘリの音を聞いた記憶がありません。何度か奇妙な音は聞こえてきたことはあります。その時間帯が、この光が見えていた時間帯と一致するのかどうかもわかりません。偵察用ヘリということで、音が小さく他のものと違っていた可能性が考えられます。
この一瞬だけ明るくなった理由です。訓練の合間だったのかも知れません。もう一つ考えられるのは、航空機(赤線となって写っている)が近くを通ったために、危険回避のために点灯したということです。
一時的に明るくなるということで、説明できることがあります。14日の早朝に見えた閃光も米軍航空機(一般でもかまわないが)のライトと見ることができます。写真に一枚だけ写っている光点もそれでしょう。写真は、オリオン座に現れたものです。前後の写真を上下にずらして重ね焼きしています。矢印(横線のように見える)の右側に1つだけある点です。
もう一つ見つけていたのですが、行方不明になっています。それを探しているときに、もう一つ薄暗い状態で低速度で移動するものを見つけました。30分間60枚の写真を合成しています。写り始める前は、雲が広がっていてどこから来たのかはわかりません。
左へ移動しています。高高度人工衛星もこのような写り方をしますが、次の点で該当しません。後半に速度が速くなっていること、高高度人工衛星にしては明るいこと、この時地球の影の中心から30度も離れていないことです。
<ツアーについて>
流星群を見る目的で、与論島のツアーに申し込みました。別にどこでもよかったのですが、交通手段と宿の確保が容易だったのが理由です。ハイキングと流星群観測の組み合わせはちょっときついとは思います。天気が完璧ではなかったため余裕ができましたが、一晩見ていたらどうだったかはわかりません。ハイクの出発時刻がもう1時間ほど遅ければ、朝に仮眠をとることができたかなと思います。
ハイキングについては、装備をいっぱい指示されましたが、ほとんどのものは必要なかったようです。靴にしても足首を覆うことのできるトレッキングシューズまたは軽登山靴となっていましたが、歩いたところのほとんどが舗装路だったことからすると、普通の運動靴でじゅうぶんだったのではないのでしょうか。足首のねんざを防ぐことができるものの、舗装路ではねんざをすることはほとんどありません。足首が固定されるため動きにくくなるし、重たいので長時間だと脚に負担がかかります。利点といえば、靴の中に砂が入りにくいというくらいでしょうか。
流星群観測についてです。案内には、天候によっては見ることができませんと断り書きがありました。2泊もするのですから、もう1泊は予備日くらいの位置づけにしておけば、見られなかったという人もある程度は少なくなったのではないでしょうか。あらかじめ天気が崩れることがわかっていたので、前日に見ておくといいよといっておいてくれるくらいのスケジュール設定が必要だったような気がします。ふつう星好きの人は2泊あれば2泊とも星見に使います。流星群は15日3時頃だけに見られるものではないことはわかっています。周りにその時だけだと勘違いしている人がたくさんいました。
天気については、例年の感じからするともっと雲が広がっているのではないかと予想してました。1日目に雲が少なかったのはラッキーだったとおもいます。昼間暑かったのは堪えました。全て、今年が暖冬傾向だった影響でしょう。
家に帰ってから、旅行会社のツアーを見ると、再び与論島ハイキングというのが載っていました。歩く距離は10kmです。当然夜の部はなしです。これからすると、今回は距離は2倍、夜中も起きていないといけないと、かなりな強行軍でした。
<カメラについて>
撮影した写真は全部で約2100枚です。昔のフィルムだと58本分です。安く取れるようになったおかげです。1400枚ちょっとが流星撮影に使った分です。フィルムカメラだと、露出時間を長くしたり、曇ってきたら撮影をやめたりで枚数を節約していたでしょう。その分操作も煩雑になっていたはずです。カメラも機能が増えて撮影が楽になっています。その割には、流星写真がわずかにピンぼけでした。カメラに任せられないところは、かえって雑になるのですね。
流星撮影用に準備したものは全て順調でした。唯一2台のカメラが同時に電池切れになったのは予想外のことでした。
しょっぱなから、カメラのCCDにゴミがついてしまいました。ブロアーとか除去道具を持っていかなかったので、最終日まで残ったままです。ブログにアップした写真で見苦しものは、処理をしているのでわからないと思います。毎回、この手のゴミには悩まされます。できるだけつかないよう気を使っているのですが、すぐにやられてしまいます。今後ブロアーを持って行くことも検討します。
完