2014//06-08 尾瀬
尾瀬へは一度行ったことがあります。車で行っています。コースははっきりと覚えていませんが、おそらく群馬県側の鳩待峠から入ったような気がします。マイカー規制が始まっていましたが、規制日からはずれていたので、峠までは車で入っています。それほど立派な駐車場ではなかったように覚えています。そこから狭い道を小一時間ほど歩いて着きました。
印象はただの平原といったことくらいしか覚えていません、よく知られているイメージとはだいぶ違っています。湿地の中に入っていくのが容易ではなかったからなのでしょうか。本当に尾瀬だったのかというような気もしています。
今回行き直してみることにしました。尾瀬といえば何といってもミズバショウでしょう。初夏に咲いているということなので、その時期をねらうことにします。今回は失敗のないように、パッケージツアーを利用することにしました。
調べ直してみると、尾瀬といっても大まかに2ヵ所あることがわかりました。東側の尾瀬沼と西側の尾瀬ヶ原です(燧岳の北側も尾瀬に含めることもあるみたいです)。ツアーでは、ほとんどが西側の尾瀬ヶ原を1日かけてまわるものと、途中山小屋で1泊しながら両方をめぐるものに大別できるようです。同じいくのなら両方をみるコースにしました。
旅行社はA社にしています。出発日は6月3日で、2泊3日の旅行となります。今からみるとどうしてこの日にしたのか疑問なところがあります。6月3日だと早い年だと梅雨に入っていることがあります。星を見るなら月明かりのない日程になります。6日の早朝に半月となっています。今だと避けたくなる日程です。どちらも大丈夫だとみたのでしょうか。これより早い日程がなかったのでしょうか。
この会社のツアー参加は初めてです。送られてきた書類の中に、旅行傷害保険に加入してくださいというのがありました。何もわからないまま、加入することにしました。旅行代金とあわせて振込にいきました。
旅行の記録として写真以外で残っているのは、パンフレット類4枚と乗船券の半券のみです。記憶に残っていることとあわせてだいたいの行程を整理しておきます
基本的には大阪駅集合で、直江津までいきます。直通の特急がないので途中で乗換になります。「白鳥」とか直通の「雷鳥」かがあったようですがなくなっています。乗換駅は記録が残っていないのではっきりしません。何となく富山というような感じがしています。
1本目の特急です。「雷鳥」、「スーパー雷鳥」とか色々ありました。どれかわかりません。この頃には「サンダーバード」に統一されていたかも知れませんから、「サンダーバード」にしておきます。大阪発の時刻もはっきりしませんが、途中の写真にあるタイムスタンプからみると、7時半頃発のようです。京都乗車可ということでそこから乗ることにしたようです。京都駅で列車を待っていた記憶があります。
2本目の特急です。名前は「はくたか」と記憶しています。この頃はまだ北陸新幹線はできていませんでした。北陸本線のはくたかです。どういうわけか列車の行き先は気にしていませんでした。
直江津からはバスで移動です。まずは、十日町の美人林で足慣らしをしてから(という風に案内に書いたあったような気がします)、その後は折立温泉へ行きここで1泊します。宿舎名ははっきりしません。これかなというのはあるのですが、建物の雰囲気が何となく記憶と違っています。
2日目は、折立温泉から奥只見ダムまでバスでいき、奥只見湖を遊覧船で通りぬけて、その先から再びバスで沼山峠まで行きます。昼食は弁当がでたようです。宿で受け取ったのか奥只見ダムや沼山峠で受け取ったのか不明です。さらにここからは、ガイド付きのハイキングになります。尾瀬沼をみた後、尾瀬ヶ原の東端の見晴まで行き、この山小屋で1泊します。燧小屋のパンフが残っていますからここに泊まったようです。一部の人は違う山小屋に分かれて泊まっていたような気がします。
3日目は、見晴から尾瀬ヶ原を横断して山の鼻へ、そこから鳩待峠まで歩きます。鳩待峠からは、バスでスノーパーク尾瀬戸倉まで下っていって、ここで入浴休憩になります。ここにある建物の大浴場に入ったようです。入浴後は、再びバス移動で吹割の滝にいき、昼食および滝見学になります。滝をみた後はひたすら大阪に向けて帰ってくることになります。直江津までバスで移動し、はくたか・サンダーバードと乗り継いで帰ってくる予定です。大阪到着予定時刻もはっきりしませんが、逆算すると21時半頃だったようです。
残っているパンフレット類の内の2枚は旅行社から送られてきたハイキングについての注意事項です。1枚は尾瀬専用ですから、特別に作っているようです。尾瀬は参加者が多いのかな。内容は、持ち物についての注意事項です。トイレはチップ制なので100円玉を用意しておくこととか、古い靴は靴底が剥がれることがあるので要注意といったことまで書かれています。他に山小屋に泊まるときの注意事項もあります。アメニティは持参することとか風呂では石けんが使えませんといったことも書かれています、
これをみながら、荷物を整理します。ポータブル赤道儀はどうしたか覚えていません。長時間歩きます。軽量化のために断念したような気がします。旅行開始前に、登山用の地図を購入しています。
出発当日です。京都から指定された号車番号の所から列車に乗ります。乗車後席で旅行の注意事項の説明の他、傷害保険の種類もいただきました。
列車は順潮に進んで行きます。小松駅付近でうっすらと山が見えます。山の名前が話題になっていました。ここから見えるとしたら白山でしょう。
はくたかに乗り換えです。この頃は北越急行線に乗り入れて六日町まで行きそこから上越新幹線を利用するというのが富山から東京までの最短時間ルートだったようです。富山直江津間はこちらのルートが優先になり、新潟までの直通がなくなったのかも。
富山を過ぎてからは立山が気になります。白山以上にぼんやりしています。滑川付近でみえた山の景色です。
ここでは富山地方鉄道の列車と並行して走る区間があります。そこですれ違った列車です。
魚津付近です。うっすらと山が見えています。白馬なのかな。
糸魚川を渡ります。新潟焼山が見えるか探してみました。何とか見えているようです。
新潟焼山を拡大してみました。建物の多い所に入ってしまったようです。
直江津からバスに乗り換えて、十日町市の美人林に向かいます。写真の記録は新潟焼山からいきなり美人林の写真になっています。景色を見ていなかったのか見えなかったのかどうしてなのでしょう。少なくとも直江津あたりからここまでの間に適当に昼食をとってくださいということになっていました。
昼食は持ってくるように指示があったようです。どうしたのか覚えていません。いつもなら前日の晩に買って冷蔵庫に入れて保存しています。冷たいところだと消費期限が延びると(勝手に)解釈しています。
美人林ではブナ林の中を歩きます。見た限りではほとんどがブナのようです。普通に葉がでているくらいにしか思っていませんでしたが、新緑の終わり頃の時期になります。
ブナの木です。幹が真っ直ぐ延びています。ブナにしてはちょっと細いかなという印象です。
シダの葉に木漏れ日があたっています。ワラビかな。よく考えてみると、ブナの葉が完全に出そろっていないので、ところどころで日が差し込んでいるようです。
ブナの芽もでていました。去年でてきたものかな。
ブナ林です。日が差し込んでいるようすがわかります。
斜面に生えたシダに日の光が当たっているようすです。
カエルがいました。葉っぱとそっくりです。アカガエルにしています。
美人林の散策を続けます。足慣らしというほどの距離ではなかったようです。奥まで行って戻ってくるまで20分ほどでした。起伏のあまりない林道のような道です。駐車場から入口までの方が坂があったかな。あまり、運動にはなっていません。鳥がいると看板に書かれていましたが、見かけなかったし声も聞こえませんでした。
切り通しになっている所にある木の根元は土がえぐれていて、根がむき出しになっています。土はだいぶ乾燥しているようです。
木漏れ日があたるブナの葉っぱです。
道から外れたところに池がありました。いくところがないのかツアー仲間が集まっています。
魚がいるという声がありましたのでみていました。浮き上がってきたところです。
再びブナの葉っぱです。
ブナ林のようすです。ブナの幹をシルエットにしてみました。
1本だけオレンジ色のツツジが咲いていました。キレンゲツツジにしています。
美人林の次に向かったのは折立温泉です。ここで宿泊となります。この間の写真も残っていません。4時頃には到着していたようです。夕食まではだいぶ時間があります。お茶を飲んで一休みした後は、近くを散歩しています。
道路にでたところから、駒ヶ岳のよく見える遊歩道・展望台入口と書かれているところがあります。行ってみることにしました。
道沿いは灌木が茂っていて、小さな花をつけていました。釣り鐘のような形をしています。アズマツリガネツツジとしました。別名ウラジロヨウラクです。葉の裏は白くないのが気になるところです。
いっしょに咲いているのがヤマツツジ仲間です。レンゲツツジだけでも種類はいっぱいあります。どれなのかはわかりません。この付近はツツジ科の花でいっぱいです。
花の横に展望台に続く遊歩道が続いています。
ヤマツツジの拡大です。レンゲツツジとの違いはわかっていません。
アズマツリガネツツジのようですが、花の色が全く違っています。がくが長いのでガクウラジロヨウラクとしました。花の色は当てにならないそうです。
小さな白い花は、マサキかな。
先が開いた釣り鐘型の花です。オオバスノキにしています。ツツジ科だけでもいろいろな花が咲いていました。
山道から戻って川を渡るところからホオノキの花が咲いているのが見えました。
駒ヶ岳のよく見える展望台へいっています。展望台からの写真も含めて駒ヶ岳の写真を載せることにします。宿の前からも駒ヶ岳が見えていたようです。宿の人にだったのかバスの運転手さんにだったのか、あれが会津駒ヶ岳かと聞いている人がいました。ここからは会津駒ヶ岳は見えないはずだという返事だったようです。遊歩道入口の案内板を見たからて聞いていたのかな。案内板には駒ヶ岳としか書かれていませんでした。会津駒ヶ岳でないとしたら、越後駒ヶ岳でしょう。
遊歩道をあがっていって、最初に木の間から見えてきた越後駒ヶ岳です。
遠くに高そうな山が見えています。荒沢岳にしていました。山の尾根を拡大してみると、頭の丸いコブコブがいっぱい見えるので八海山としたほうがいいようです。荒沢岳だともっと尖っています。
到着した展望台からの景色です。越後駒ヶ岳がよく見えます。左側地肌が見えている所の向こうに雪をかぶった山が見えます。こちらが荒沢岳でした。
北側の山です。これでも1000m級の山はあるようです。右側、大きな駐車場のあるあたりから明日通る予定のシルバーラインが続いています。
この後宿に戻っています。夕食とかをすませて就寝です。天気がよさそうだったのですが、星を見ていない、写真がないのはどうしてかな。広いところがなかったのか明るかったのか、雲が広がっていたのか不明です。
翌朝も近くを歩いています。橋の上から見た川です。こちらは本流側かな。
釈迦堂疣水というところにいっています。これが疣水です。由来記を写しているのですが半分ほどしか解読できません。どういういわれか不明です。
こちらが釈迦堂です。
宿に戻る途中で、鳥の羽毛がかたまりになって落ちていました。猛禽類がはき出したペレットのようです。
尾瀬に向けて出発します。8時頃にはでていたのかな。バスに乗り動き出したらすぐに長いトンネルに入りました。トンネルをぬけたところから、ぐるっと回るように下っていったら広い駐車場に到着します。ここでしばらくとどまっています。昼食が到着するのを待っていたのかな。レストハウスでの買い物休憩でもなさそうです。
レストハウスの前で、ツアー仲間が集まっていました。何かなとみると、靴底が剥がれたという人がいたそうです。紐で縛ろうとしていましたが、大丈夫だったのでしょうか。その後の行程では問題なく歩けていました。
ここからは奥只見ダムが見えます。
ここからは遊覧船に乗って尾瀬口まで移動します。乗り場はダムの向こう側です。ダム堤の上まであがっていかないといけません。遊覧船乗り場の高さまでスロープカーであがっていくこともできます。使わないようにとお達しがあったような。
坂の登り口に水力発電のタービンが置かれていました。10年ほど前まで使っていたもののようです。
上まであがっていったところから見下ろした、ダム下の渓谷です。
ダム湖です。奥只見湖といいます。倒木がいっぱい漂着しています。
湖の奧の方の景色です。この霞んでいるところまでいくようです。
遊覧船乗り場に到着です。建物の2階は展示室になっています。遊覧船のチケットの手配をしている間に、のぞいて見たと思うのですが、何が展示されていたのか覚えていません。
改札口から桟橋のようすです。遊覧船が2艘留まっています。どちらに乗ったのでしょう、まもなく出発です。
奥只見湖を定期船というか遊覧船で遡っていきます。このコースは新潟県と福島県の県境上にあります。尾瀬の南側は群馬県になりますから、今回の旅行は3県の県境付近を歩くことになります。
奥只見湖の左岸側に遊覧船の発着場があります。こちらは新潟県魚沼市で、反対側の右岸側は福島県檜枝岐村です。まだ新潟県から抜け出せてはいません。
遊覧船に乗って右側の席に座りました。立ち席はなかったのかな。出発を待っている間に湖をみていると時々さかながやってくるのが見えます。
出発してすぐに、右側に入り江のような大きな沢が見えます。仕入れ沢です。だいぶ高いところまであがってきているので、まだ雪をかぶっている山がたくさんあります。
二股に分かれた右側の沢の向こうに荒沢岳が見えます。船はこちらではなく左側の沢に入っていきます。
山の斜面は木と岩肌が奇妙なまだら模様になっています。土砂崩れが激しいのか、雪が崩れ落ちて木をなぎ倒すのか、どうしてこのようになるのでしょうか。細越山から湯ノー付近になります。
左側の山の斜面が奇妙な形にえぐれています。案内ではアバランチシュートといっていました。繰り返し起こる雪崩が、木をなぎ倒すばかりではなく岩をも削っていくことでこのような形になります。
この一画は、銀山がたくさんあったところだそうです。供養塔があると説明のあった一画です。供養塔は見えませんでした。
湖の幅もだいぶ狭くなってきました。もうそろそろ船旅もおしまいのようです。船着き場のようなものが見えてきました。途中平ヶ岳が見えるといっていましたが、結局どれのことかわかりませんでした。
記憶が曖昧なのですが、尾瀬口の船着き場は見えていたものと違うところに到着したようです。渇水で使えなかったのか、崩れていたためなのか。説明があったようななかったような。桟橋に降りてからも、急な斜面を狭い道を通って登っていったような気がしています。
あがっていったところに道路があり、そこでバスがやってくるのを待ちます。その間に奥只見湖の方を振り返ってみました。斜面をだいぶ高くまであがっているのがわかります。
ここでバスの到着を待ちます。これも記憶が定かではありませんが、ダムの所まで乗ってきたバスでなかったようです。
バスを降りてから船に乗るまでだいぶ時間があったというものの、迂回した上に、狭い曲がりくねった山道を通ってきたら、まっすぐ来られる船より早く着けたかどうかが疑問です。大きなバスが待機するような場所もこの付近にはありません。
バスは途中から檜枝岐村の方に入り、御池までやってきました。
ここの駐車場でしばらく止まっていました。通行許可がどうのこうのといっていたようです。基本的には、ここから沼山峠まではシャトルバスになります。大型バスだと乗換になりますが、ここで乗り換えた記憶がありませんから、尾瀬口から専用のバスに乗っていたと思われます。となると、昼食弁当はここで積み込むしか入手方法はありません。どうしたのでしょう。
ゲートをくぐって再び進んで行きます。途中に見えた燧ヶ岳です。東北地方(以北)の最高峰だそうです。
眼下にブナ林が広がっているのが見えます。この付近は地図ではブナ平ということになっています。
沼山峠の休憩所に到着しました。休憩所の建物です。
ここからは、ガイドさんに案内されて尾瀬に向かいます。先に来て待っていたのかな。しばらく待っている間に見つけた、ふきのとうです。
簡単な説明の後、準備体操をしてから出発になります。そういえば、歩き出す前にこういう具合に体操などをしっかりとやったことはありません。
林の中の山道を下っていきます。木の根が浮き上がっているところがあります。根上現象といいます。という説明がありました。倒木の上に芽吹いたものが大きくなった時に、倒木の方が腐ってなくなったら根が浮き上がっているように見えます。ここのものはまだ倒木が残っているようです。
周囲の山の斜面です。まだ雪が残っています。山道もまだ雪が残っているところがあり、すべらないように注意して降りていきます。特に、地道から木道に乗ったり降りたりするところが要注意です。
オオカメノキのつぼみが大きくなっていました。
沼山峠から1時間ほど歩くと、周囲が開けて草原が広がってきました。この間に正午をまたいでいます。時間的には食事をとっているはずなのですがどうしたのやら。途中食べられるところはなさそうだし、2kmちょっとを1時間でというのは標準的な速さかなという気がします。昼食休憩の入る余裕はありません。どこかで止まったという記憶もありません。もっともこれは当てになりませんが。
ついたところ付近はどちらかというと、高層湿原なのでしょう。遠くでミズバショウの花が咲いているのがみられます。
イワナシの花です。
至近距離で咲いていたミズバショウです。ちょうど見頃かな。
少し降りていくと、水がたまっているところがでてきました。その周囲にミズバショウが多いようです。
ワタスゲの花です。綿のような穂はまだでていません。
ショウジョウバカマの花です。
タテヤマリンドウです。日光がさしてこないと花が開かないという説明がありました。何とか晴れていてくれています。
水のたまっているところのミズバショウです。
水たまりには、カエルの卵もあります。
周囲に広がっている湿原は、沼山峠から流れてきた沢の土砂が、尾瀬沼までの間を埋め立てたところにできたようです。そのままだと草原から林になりそうです。水位があがってきたために水浸しになっているのか。この付近は大江湿原と呼ばれているようです。
大江湿原に入ってから200m程歩くと、正面に尾瀬沼が見えてきました。地図でいうと小淵沢田代分岐手前100m位の所です。川の水面は低い所にあります。水面は上がったり下がったりしているのかな。
向こう側の尾根は三平峠から大清水平にかけての一画です。かすかに見えている山が荷鞍山のようです。
ミズバショウは川の両岸に密集して咲いています。
ワタスゲの花です。少し高くなったところにたくさん咲いています。
ショウジョウバカマです。
尾瀬沼にだいぶ近づいてきました。
枯れ草の間に見える小さな花はヒメイチゲです。
いっぱいでている新芽は、ギョウジャニンニクだそうです。更に乾燥したところにあったような。
さくらの花も咲いています。三分咲きといったところでしょうか。川岸にあったものかな。
大江湿原を半分ほど進んだ所で川を渡ります。ここからは川の左岸側を歩くことになります。湿原の左側を歩くようになったので、右側の視界が開けてくるようになりました。湿原の向こうにある林までが遠くなり、その向こうにある雪をかぶった山が見えてくるようになりました。燧ヶ岳です。
この付近からは、黄色い花が増えてきました。リュウキンカです。
川の流れは蛇行しています。川に近づいたところで、向こうに見える燧ヶ岳といっしょに写してみました。
尾瀬沼の手前に、少し盛り上がったような所があり、3本のカラマツが生えています。見た目通り三本カラマツというようです。尾瀬塚というのは盛り上がっているだけなのでしょうか。特にこれ以外はなかったような気がしています。
再びリュウキンカの花です。
リュウキンカの花ととギョウジャニンニクの新芽です。
尾瀬沼にだいぶ近づきました。岸に木が茂っているところがあり中に建物のようなものが見えます。ここが長蔵小屋になります。
沼岸近くの川とミズバショウです。
道は、沼の北側を通る道に行き当たります。ここから長蔵小屋の方に向かいます。振り返って見た湿原とその向こうにある燧ヶ岳です。
長蔵小屋に到着しました。写真のタイムスタンプをみるとここで40分ほど休憩をしています。単なるトイレ休憩だとすると長すぎるようです。昼食時間も兼ねていたのでしょうか。沼を見ながら何かを食べていたような気もします。それにしては時刻が遅すぎるようです。1時20分になっています。
小屋付近は林のようになっているので、湿原で見たものとは違う植物がみられます。これはエンレイソウです。
青い大きな花はシラネアオイです。
沼の岸から燧ヶ岳が見られるところがありました。
大江湿原向こう側に見える森の一角です。オオシラビソとダケカンバかな。
休憩が終わり、尾瀬ヶ原目指して歩いて行きます。大江湿原に戻り横断します。湿原で咲いていたショウジョウバカマです。
ヤマザクラです。湿原の向こう側で咲いています。
タテヤマリンドウです。密集しています。
三本カラマツの近くを通過します。カラマツの幼木が育っていますからそのうち三本ではなくなりそうです。ここは単なる盛り上がりのように見えます。湿原の真ん中にあるのは不思議です。誰かが盛ったのでしょうか。
湿原を横断し終わる前にみたミズバショウです。
大江湿原を横切った後しばらくの間は、林の中を歩きます。地面は少し高くなっていて乾いています。10分ほどで林を抜け再び湿原にでました。このあたりは浅湖(あざみ)湿原というようです。
湿原の水たまりにサンショウウオの卵があると教えてくれました。
左側に見える尾瀬沼です。草原が水浸しになっているように見えます。
右前方に再び燧ヶ岳が見えてきました。
道は湿原を横断しています。中程まで来た時の尾瀬沼方向です。
湿原の中を水が流れています。川というより、大雨であふれた水が草地の上を流れているように見えます。雨は降っていないような。
湿原の奧の方です。こういうのが中層湿原というのでしょうか。水面と植生の表面がほぼ同じ高さです。
湿原の横断が終わって、少し高くなったところからみた湿原と尾瀬沼です。沼岸には長蔵小屋が見えています。
浅湖湿原を通りぬけた後は、しばらくは湿地から離れて林の中を歩きます。尾瀬沼に着いたものの、すぐに沼からは離れてしまったように見えます。最初はちょっと大きめの岬を横断しただけです。記録には大入州半島と書いています。
林に入るところのオオシラビソの枝に、糸くずのようなものがいっぱいぶら下がっています。サルオガセといいます。地衣類の仲間ですが、地面を覆っていません。
ナナカマドは芽吹き始めたところです。
半島を横切り終わると、ところどころに小さな湿地というか水たまりのようなものがあります。そこではミズバショウが咲いているのが見られます。
さらに進んだ所のものです。
ちょっと開けたところにでました。沢に雪を残した山が見えます。この沢がオンダシ沢かな。
開けたといっても、まだ灌木がたくさん生えています。その真ん中を通りぬけます。向こう側の林の手前にはミズバショウが群生して咲いていますが、これではわかりませんね。
湿原に迫る林です。大きなオオシラビソの木が1本育っています。
沼尻休憩所に到着しました。これで尾瀬沼の北岸を横断し終わったことになります。ここでトイレタイムもあわせてしばらくの間休憩になります。トイレは出発前にいくことにします。
最初に、尾瀬沼の岸の方に行っていました。ここから尾瀬沼の向こう岸のように見えるのは大入州半島、さらにその向こうの山は檜高山かな。大江湿原付近は半島の向こう側で見えていないようです。
歩いてきた方向を振り返ってみました。湿原が広がっています。木道は写真の右側ちょっと外れたところで向こう側に続いています。途中に、分岐があってそこから燧ヶ岳に登る道が、向こう側で横断しています。燧ヶ岳はオンダシ沢のある尾根だけが見えています。
水のたまっているところに、カエルの卵が産み付けられていました。中のオタマジャクシはだいぶ大きくなっています。
ヒメシャクナゲの花です。
この付近の水たまりは、深めの池のようになっています。池塘(ちとう)というそうです。地塘と地塘の間は曲がりくねった畔のようです。
このあたりの地塘は浅めです。向こう側に見えるのが沼尻休憩所です。
モウセンゴケを見つけました。この付近には葉が細長いオゼモウセンゴケというのもあるそうです。探し始めたのは出発直前で、見つけられませんでした。
沼尻休憩所を出発します。ここからは尾瀬沼を後にして尾瀬ヶ原に向かうことになります。湿原から林の中に道に入っていきます。少し進んだ所で、再び開けたところにでました。正面に池のようなものあり、その周りに湿原が広がっています。このあたりは白砂田代になります。地元では湿原のことを田代と呼んでいるようです。
ゲンゴロウがいました。水面に浮かんできました。呼吸が終わって再び潜っていくところです。
岸近くで咲いているミズバショウです。
白砂湿原を過ぎると完全な山道になりました。少し坂を登ったら、その後は沢に沿って下っていきます。
チシマザサに虫の食い跡があります。不思議な形についているという説明があったのですが、何が問題だったのか忘れています。深い切れ込みはどのようにしてできたのかというようなことだったかな。正解が新芽の時に食べたからというのだけ覚えています。
オオカメノキの花です。
ブナの殼斗が落ちていました。種もあったようです。
芽をだしていました。このようなものは実生というそうです。
こちらはオオカメノキの幼木です。
道は湿原から離れて山の中になっています。ガイドさんに連れられていますから、わざわざ買った地図も見ていません。場所がわかっていても、いちいちどこで何をとったかといった記録を書いていませんから、写真と対応できていたかどうか不明です。GPSロガーの記録もとっていません。こちらだとタイムスタンプで何とかなるのですが。電池の問題が大きかったのか。とりあえず、今いるところは段小屋坂の途中ということにしておきます。
山道なのでオオカメノキはよく見かけます。花が咲いているのをよく見かけます。
エンレイソウの花です。
リュウキンカです。
湧水と記録しています。ダンゴヤ沢を横切ったときものでしょうか。
スミレの花です。スミレ類は見分け方がわからないのですが、タチツボスミレとしています。
ルイヨウボタンです。ボタンの葉に似ているという意味だそうです。黄色い花びらのように見えるのは内萼片だそうです。
草の間で咲いているのはニリンソウです。
ワサビの群落がありました。このあたりは水が湧き出している場所なのかな。
花が咲いているのも見えます。
段小屋坂を下り続けています。降り始めた頃に比べて、坂がだいぶ緩くなってきているようです。
途中で、木の幹を写しています。ガイドさんから何かの説明があったようです。根上り現象だったのかな。大きな岩を抱えたようになっています。倒木の上にではなく、もともとあった岩の上で芽吹いたのでしょう。ちょっとでも高い方が日当たりはよくなります。その代わり水分がえられにくくなります。どちらが有利なのでしょう。樹種は、オオシラビソのようです。
ニリンソウの花です。
草のてっぺんに葉っぱのかたまりがついているように見えます。これでも花(つぼみ?)です。オゼタイゲキ(オゼヌマタイゲキ)です。
少し広い沢を横切ります。通過時刻からみてイヨドマリ沢のようです。
マイヅルソウです。葉脈の形が、ツルが羽根をあげた形に似ているということでこの名前がつけられたそうです。
ツクバネソウです(たぶん)。
道はほとんど平坦になりました。林の中を通る木道を振り返ってみました。
もうまもなく見晴に到着です。
見晴到着の直前から、GPSロガーが記録を連続してとり続けています。電源を切り忘れたのかな。おかげで宿到着時刻が正確にわかります。17時4分です。燧小屋の前まで記録がありますから、ここに宿泊したのは間違いがないでしょう。
宿に着いてから何をしたのかがわかっていません。1時間ほどしたら外にでています。夕食には少し早いので、入浴かな。
外にでて尾瀬ヶ原の木道を歩いてみました。至仏山の方に向かってまっすぐ木道が続いているのが見えます。
木道の右前の方向に日が沈もうとしています。少し雲が多いようです。
木道沿いにはリュウキンカの花がたくさん咲いています。
山小屋の方向の景色です。背後の山が燧ヶ岳です。燧小屋は見えている建物の裏側にあります。
この付近ではリュウキンカがものすごく密集しています。
日が沈んでしまいました。景鶴山のごつごつした山肌が見えています。
謎の植物です。該当するものが見つけられていません。
水面の見えるところに近くにはミズバショウが咲いています。
ミツガシワという植物があります。三つの葉っぱという意味です。三出羽状複葉といって、三枚の葉がセットになっているのが特徴です。関西では、これが化石として見つかれば、寒冷気候であったという指標になります。種子の化石が見つかることがあります。
葉っぱはたくさん見かけます。つぼみもあります。花はなかなか見つけられません。何とか見つけることができたものです。
探すのにだいぶ手間取りました。引き返すことにしました。食事時間だったのでしょうか。帰りがけにみた尾瀬ヶ原です。
道脇に弥四郎清水というのがありました。水が湧き出しているようです。
この付近一帯はたくさんの花が咲いています。誰かが植えたみたいな感じになっています。とくに目立っていたのはキヌガサソウです。ここでしか見かけなかったようです。
サンカヨウです。
色違いのサンカヨウかな。
シラネアオイです。
宿にいったん戻ったものの、1時間ほどして再び尾瀬ヶ原にでてきています。この間は食事だったのかな。でてきたのは、当然星を見るためですが、あいにくと星は全くでていません。
うっすらと見えている景色を写しています。星を写すために三脚は用意していたようです。木道の先にある至仏山です。30秒露出です。
こちらは燧ヶ岳の方向です。
景鶴山の方角です。白く写っているのはミズバショウの花(仏縁包)です。
星見はあきらめて宿に戻ります。その後はおとなしく寝たのかな。朝になって再び出歩いています。みつけた白い花です。ミヤマエンレイソウかな。
これも謎の花です。何なのでしょう。
スミレ類の花です。
木の枝先に鳥がとまっています。これも種類は不明です。
今日は尾瀬ヶ原を東から西に横断する予定です。かなり早くに出発しています。写真のタイムスタンプからすると、6時半集合くらいかな。準備運動をして出発しているはずです。朝食時間も早かったのでしょう。朝の散歩は5時過ぎには戻っています。
尾瀬ヶ原の景色です。このあたりは下田代といいます。当時はわかっていなかったのですが、尾瀬ヶ原は東側ほど低くなっています。それで、こちら側が下田代なのかな。流れてきた水は、ここから北側に只見川となって流れだし、尾瀬口船着き場の方に流れていきます。
ヒメシャクナゲの花です。
ミズバショウです。心なしか、きれいな花が少なくなったような気がします。
正面に見える至仏山です。
後方の燧ヶ岳です。
木道です。道は林の中を横断しています。ここの木道の下にはミズバショウが咲いています。見晴の山小屋が写っていますから振り返って見ているのでしょう。地面が段になっている手前に六兵衛堀が見えます。
ショウジョウバカマの花です。
ヤチヤナギも地味ですが花をつけていました。灌木です。
さらに大きな林の中に入っていきました。ここには大きめの川が流れています。と書きましたが事情は少し違います。川の両岸には自然堤防ができることがあります、その上は水に浸からない時間が長いので、木がよく育ったということです。このようにしてできた林を拠水林(きょすいりん)というそうです。この付近の林は拠水林になります。
付け加えていうと、この川は沼尻川で尾瀬沼から流れてきています。ここが県境になっています。ここを越えると福島県から群馬県に入ることになります。
ここに竜宮小屋があり、その近くで小休止が入りました。小屋裏ではニリンソウがたくさん咲いているという情報が入ったので、見に行くことにしました。いっぱい咲いていました。
沼尻川と竜宮小屋近くの公衆トイレです。
ミズバショウです。
シダ類の芽かな。産毛のようなものに覆われた人形のようなかわった形をしています。
スミレの花です。
ニリンソウです。
林を抜けるところに、竜宮小屋があったようですが、詳しいことはよく覚えていません。再び湿原の中を横断するように進んで行きます。この付近は中田代というようです。
池塘がたくさんあるところに来ました。真ん中に島のようになっていて草が生えているところがあります。水深が深いと根が水底まで届きませんからそこでは草が育ちません。この島は、枯れ草のかたまりに上に植物が育ってできています。枯れ草のかたまりは水に浮いていて、風によってあちらこちらに流されるようです。このようなかたまりを浮島と呼ぶそうです。
この近くでチングルマの花が咲いていました。
ここの池塘には浮島がたくさんあります。
ヒメシャクナゲの花です。
ミツガシワの花です。
リュウキンカの花です。木道の下で咲いていました。
尾瀬の湿原では、川の流れが吸い込まれて、湿原の下を通って別の所が湧き出しているところがあります。このような現象を竜宮現象と呼んでいるそうです。
ここが、水の吸い込み口です。周辺から流されてきた草の茎などが集まってぐるぐると回っています。
こちらが湧き出し口。水面は穏やかです。底が何となく見えているようです。
中田代を歩いています。遠くを川が流れているのが見えます。竜宮現象で湧き出した水が、いったん遠く離れたところで流れていたものが再びこちら側に近づいてきているようです。
右端の三角形の山が東電小屋裏の山で、その手前を横切る林は、沼尻川に沿ってできた拠水林です。
ここで見かけたショウジョウバカマの花です。
振り返って見た燧ヶ岳です。手前を沼尻川の拠水林が横切っています。
反対側です。湿原の中を流れる川が見えています。下の大堀川かな。
ワタスゲの花です。
至仏山の見えるところでいったん休憩です。一斉に集まって何かしていたようです。木道を歩いている人が傘を差していますから、雨が降っていたようです。竜宮現象の近くの池塘での写真には雨の波紋が写っています。この付近でカッパを着るように指示がでたのは覚えています。ここで着たのでしょうか。脱いだということもあります。
ここの場所は池塘がたくさんあります。浮島も浮かんでいます。
カッパの着脱が終わって、出発になります。その前に池塘にある浮島のようすを見ておきます。ここからでは浮いているかどうかはわかりません。上ではショウジョウバカマの花が咲いています。緑色で真っ直ぐ伸びている植物はヒメシャクナゲです。花は咲いていますが、小さいので拡大してみないとはっきりとはわかりません。
進行前方、至仏山の手前にこんもりとした丘が見えています。牛首といいます。牛の首のように山がせり出していると案内書には書かれています。
風が出てきたようです。池塘の水面が波立っています。
この付近の池塘の形は入り組んでいます。
いったん脇道に入り、下の大堀川沿いにでます。この川沿いには、ミズバショウの群落があります。
川とミズバショウと至仏山です。
ミズバショウの群生地のようすです。川が蛇行している内側でたくさん咲いています。
一番密集しているところの花です。
下の大堀川沿いのミズバショウの群生地から、尾瀬ヶ原を横断する木道に戻り、西に向かって進んで行きます。すぐに下の大堀川を渡ります。このあたりで中田代はやっと半分を過ぎたくらいになります。
花を見ながら歩いて行きます。咲いているのはヒメシャクナゲです。小さいのであまり目立ってはいません。
ところどころに池塘が見えます。一時にみえたほど密集していません。
牛首にだいぶ近づいてきました。至仏山に雲がかかり始めています。この付近から中田代の北側を通って見晴に抜ける道が分岐しています。
近くの水のたまっているところで見つけたモウセンゴケです。池塘だと水際から一気に深くなるので、浅いところができないためモウセンゴケは少ないようです。
拡大してみました。葉先にあるトゲのようなものの先に水滴がついています。虫を捕らえるための粘液なのかな。
池塘です。右手前に浅く水がたまっているところがあって、そこにモウセンゴケが生えていました。
牛の頭の先を通過します。ここでは川が横断していて、その縁にミズバショウが咲いています。
牛の頭の横を流れる上の大堀川です。川縁にミズバショウがみられます。
上の大堀川の拠水林です。ここでは林というほど木は生えていません。
木道が川を越えるところのミズバショウです。
上の大堀川を越えると上田代に入ります。ここを少し進むと再び池塘がみられます。その一つで、水面に燧ヶ岳が映って見えるところがあります。逆さ燧という写真スポットになっていて、人が並んで写真を写しています。
場所が空くまでの間近くの池塘の写真を写していました。しゃがんでいたのを立ち上がったか何かのはずみで、木道を踏み外しました。後ろ向けにバランスを崩して1mほど下の湿原に落下しそうです。
体が倒れている間に、後方にもう1本木道があるのに思い当たり、踏み外した足を少し持ち上げて後に思い切りだしてみました。なんとか木道の上に足を載せることができ、落下を食い止めることができました。
踏み外す直前に写していた池塘です。
池塘の写真を写している間に逆さ燧の場所が空いたので、燧ヶ岳の写真を写しました。
写真を写し終わって、隊列に戻ろうとしたときに、遅れていた添乗員さんが追いついてきました。踏み外した一件をしっかり見られていたようです。声をかけられました。
逆さ燧が見える場所を教えて写真を写し終えてから、隊列に戻ろうとしたらガイドさんにもたもたするなとしかられてしまいました。少し待たせたようです。添乗員さんはだいぶ遅れていました。
別の池塘では、至仏山が写りますが、一部分だけです。
さらに先です。浮島がたくさんある池塘がありました。
これはズミの花かな。花びらは落ちています。サンザシにしていましたが、ここにあるはずがありません。
木道の横にミズバショウが増えてきました。道は先の林の中に入っていきます。
木道脇のミズバショウと、至仏山の雪化粧です。
林を越えたところでも、湿原は続いていました。中程から振り返って見た燧ヶ岳です。この林はこれから行く鳩待峠の方から流れてくる川上川沿いにできた拠水林のようです。としてもオオシラビソが目立つのが気になります。主体となるのは広葉樹だそうです。
川上川を越える頃には湿原の幅がだいぶ狭くなってきています。前に見える林も近くなってきています。前方にも林が見えてきています。まもなく、尾瀬ヶ原の横断が終わって山の鼻に到着でしょう。ミズバショウが密集して咲いているところがありましたので写してみました。これが見納めになるかも知れません。
ミズバショウの拡大です。仏縁包の先端が変色し始めています。尾瀬ヶ原でみたものは全体的に変色しているものが多かったようです。
林の中に入って通り抜けたところに広場がありました。周りには何軒かの建物があります。山の鼻に到着です。ここで20分ほどの休憩が入りました。
このすぐ近くに尾瀬植物研究見本園というのがあります。至仏山への登山道も延びています。この道は登り専用のようです。
見本園は一周するだけに時間はありませんが、ちょっとのぞいてみることにしました。ずっと見てきたような湿原があって、そこをぐるっと回る道がついています。植物とかの解説は見当たらなかったようです。
林の縁で密集して咲いているミズバショウです。樹木はダケカンバかな。それにしては幹が白っぽいようです。
ミズバショウの花です。比較的きれいなものを選んでいます。
ゆっくり見ている時間はありません。戻ることにします。ビジターセンターの前が集合場所です。見本園入り口のところで咲いていたヤマザクラです。
ビジターセンターの前で、集合するのを待っているとツバメがたくさん飛んできているのに気がつきました。ぬかるんだところに降りています。
よく見ると泥をついばんでいるのがわかます。巣作りの最中のようです。何度も往復しています。
腰の所が白くなっているのでイワツバメかな。
尾瀬の横断は山の鼻で終りす。これからは大阪に向けて帰ります。順番としては鳩待峠まで歩いて行きます。湿原ではなく普通の山道になります。川上川の谷筋に沿って登っていきます。
湿原から離れていますから、また違った花が見られます。ミヤマエンレイソウです。エンレイソウは白い花と黒い花があると説明していたような。こちらは白い方です。
チゴユリです。まだつぼみです。
エンレイソウです。こちらは黒い方です。
すぐに川上川を渡ります。川底が広いですね。
木の枝がまたになっている所に枝が集められています。熊がねぐらにしたところだそうです。
黄色い花のスミレがありました。オオバキスミレです。
再び川上川です。周辺の木ではダケカンバくらいしか見てわかるものはありません。
木ではヤマツツジとオオカメノキが咲いていいます。白いのがオオカメノキ、奧でぼやけているのがツツジです。
まだ山の鼻から歩き始めてからそれほど時間は経っていません。道はそれほど起伏はありません。楽な道が続いています。山の鼻から鳩待峠まで標高差は200m程です。後半は険しくなりそうです。一般に峠越えの道では峠手前で険しくなるのが普通です。今のところ道脇の花などを見ながら歩いて行く余裕があります。
道ばたで見つけたのはサンカヨウです。
道沿いに見える川上川です。このあたりでもまだ川底が広いようです。
マイヅルソウです。つぼみが大きくなっています。このあたりから、道が急になってきました。道は川から離れ山の斜面を斜めに登っていくようになっています。
根上がりしている木がありました。ここで何かの説明があったのかな。
この道沿いで唯一至仏山が見られるところだそうです。木の間からわずかに見えています。これで見えたことになるのかな。
初登場のコミヤマカタバミです。
何度もでてきていますエンレイソウです。
再びコミヤマカタバミです。3枚の葉が放射状にでているのが特徴です。うまく写せず手間取り遅れをとってしまいました。
鳩待峠に到着です。休憩所があります。
鳩待峠からはバスで山を下って行くことになります。大型バスはここまであがってこれないので、マイクロバスに分乗しておりていきます。駐車場には自家用車があがってきていたようですが、曜日によっては通行規制がかかっていたようです。
駐車場では下山客が多く、かなりの待ち時間があると係員が言っていました。長時間の待ちを覚悟していたのですが、一般客とは別に団体用のバスを先に出してくれたようです。それほどバス待ちをしないうちに出発することができました。
ここまで道案内をしてくれたトレッキングガイドさんとは、あいさつをしてお別れです。それはそうと、ここからどうやって帰ったのでしょう。沼山峠までの移動手段も気になるところです。誰かが聞いていて答えていたような。よく覚えていません。
ここからの行程ではっきりしないのは、マクロバスから観光バスにいつ乗り換えたのかということです。ここから下って、尾瀬戸倉スノーパークに行っています。ここは、鳩待峠へのシャトルバス乗換口になっています。シャトルバスはマイクロバスで運行されているようなので、これと同様に尾瀬戸倉まで下りて行った可能性が一番高いと思われます。
途中の写真などは残っていません、写せなかったのか写したいものがなかったのかどちらでしょう。たぶんマイクロバスに満席で乗っているはずですから身動きできる余裕はなかったのかも知れません。
そのようにしていたとしても、もう一つ問題があります。尾瀬戸倉では到着後、温泉(だったのかは疑問)入浴休憩となっています。残っている資料を見返してみると、ここでの入浴用具や着替え類は、尾瀬に持ち込まずにバスに残しておくことがでできると書かれています。となると、バスはここに来ていたということになります。乗りかえてここに到着したようにも思えますが、回送されて先に到着していてそのバスが駐まっている所に荷物を取りにいったということでしょうか。このシステムを利用しなかったので、どうだったのかはっきりとは覚えていません。
場所もはっきりとしていません。肝心の出発前の案内が残っていません。バス停があったこととか建物の印象とかいろいろなことを総合してみて尾瀬戸倉スノーパークだったと判断しています。ホテル棟と温泉棟があって、ホテルの方には行かないように注意されていたようです。
入浴が終わって服を着ているときに、眼鏡に腕があたり眼鏡を飛ばしてしまいました。落下のショックで片側のレンズが割れました。これとは別に度の緩い眼鏡を持って行っていたのでそちらにつけ替えましたので、遠くの景色がぼやける以外は特段ふだんと変わりません。
割れたレンズの処理をしていたら、処理を手伝ってくれた人がレンズで指を切ってしまいました。いらない迷惑をかけてしまいました。持っていた救急絆素稿で処理をしていました。ホテルのフロントに、割れたレンズの破片が落ちているかも知れないと伝えたのですが、その後の処理はしてくれたのでしょうか。
入浴後出発までしばらく時間があったので、付近の写真を撮りに出歩きましたが、あまり変哲のないゲレンデとか山しかなかったということで何も写していませんでした、最近ならここに来ましたという証拠の写真を写しているところです。GPSロガーでもチェックが入っていません。
出発時刻になりバスに乗ります。ここからは間違いなく直江津から乗ってきた観光バスを使っています。乗車前に眼鏡の件を添乗員さんに報告しておきました。
ここからは、吹割の滝に行きそこで昼食休憩になります。途中相変わらず写真とかは写していませんが、片品の町に入る手前の片品川にかかる太田橋を渡るところで1枚写しています。何の意味があったのかな。
片品川の上流側です。遠くの山は尾瀬の南側にあった山々のようです。
ここからも途中の写真がないまま吹割の滝駐車場に到着です。町中を走っていたみたいですから写していない事はありそうです。伽羅園というところに入ったようです。ここで昼食休憩になります。
伽羅園での昼食休憩には、吹割の滝見学時間が含まれています。食事が終わってというより、さっさと済ませて滝見学に行きます。
滝は道路を隔てた向こう側にあります。この道路は渡らないようにと添乗員さんから指示がでています。道路沿いに右に進んで行くと脇道があり、そこを進んで行くと道路の下をくぐることができます。この道はそのまま滝への遊歩道につながっています。
川底は広く平坦です。両岸は切り立った崖になっています。崖に沿って川の左岸側にある遊歩道を進んで行くと地割れしたできた溝のようなところに川の水が落ちているのが見えてきました。これが吹割の滝です。
滝に近づいてきました。溝の両側から川の水が流れ落ちているのが見えます。
道脇で咲いていたウツギの花です。ウノハナともいいます。
近づいてみた滝です。ロープが張ってあって近寄れないようになっています。濡れているところはすべりそうです。
端っこの方です。ここまで来てやっと滝壺が見えてきました。
滝の下流側です。崖の岩肌がツルツルしています。水流で磨かれたのでしょう。このあたりに般若岩というのがあるようですが、どれかわかりません。向こうの方のごつごつしたところがそうでしょうか。岩の表面の窪んだところが並んでいるようすは人の顔に見えてきます。
少し下ったところから見た下流側の崖です。川底まで同じ岩でできています。火砕流堆積物のようです。柱状節理が発達していないところを見ると、溶結度が小さいのでしょう。川底から下が溶結凝灰岩になっていて、削られにくく段差ができたようです。
吹割の滝の下流側は、吹割渓谷というようです。もう一つ鱒飛の滝というのがあるみたいなので、川の左岸を下って行っています。ツアーのメンバーは、吹割の滝よりも下にはきていません。こちらの方には興味がないのでしょうか。
鱒飛の滝付近にはこれがそうだというの案内はありません。吹割の滝や般若岩でもそうでした。吹割の滝はみてわかるでしょう。ここでは水流に落差ができていますが、この程度の落差では滝とはいえなさそうです。
流れの真ん中に取り残されるように、大きく平らな岩があります。川底には獅子岩というのもあるみたいです。これがそれに該当するのかな。
大きく水が落ち込んでいるところがあります。これが鱒飛の滝かな。吹割の滝同様流れ落ちているところは見えません。
下流側はこの先はドライブインのあったところに戻るようです。川の上流側に吊り橋のようなものがあったのでそちらに行ってみることにしました。
吊り橋から上流側です。この上流で川が2つに分かれて流れ。間に浮島という山を残しています。左側にその一部が見えています。
下流側です。川が再び合流し広い川底を作っています。千畳敷といいます。左側に遊歩道が見えそれを進んだ奥の方、人が集まっているところに吹割の滝があります。
浮島で咲いていたニセアカシアです。この付近ではたくさん見られます。後で花の名前が話題になりました。その時はニセがつくかどうかわかっていませんでした。そのように答えました。歌で有名なアカシアもこれと間違えていたようです。
吹割の滝の上の方に見える断崖です。これは溶結凝灰岩でしょう。
吹割の滝伽羅園の駐車場に戻りました。出発を待ちます。この時に駐車場の係の人が、たまに駐車料金を返せといってくる人がいるとぼやいていました。道路向こうは有料でこちらは無料です。それだと文句を言う相手が違うような。
バスに乗って出発です。ここからはひたすら直江津に向かって走る予定です。国道を南下して沼田の市街地にでます。周りが開けてくると、赤城山が見えるようになってくるはずです。雲が多くてどれかわかりませんので、適当に写真を撮って後で地図と見比べることにしています。人家が多くて見えないことの方が多いようです。これだとどこなのか決めかねます。
よく見えるところからの景色です。遠くの高そうな山です。赤城山のうち黒檜山のあたりのようです。
火山らしい三角形の山が見えてきました。鈴が岳のようです。砕屑丘かな。
もう少し進んだ所からのものです。左側にももう一つ三角形の山が見えます。円頂丘かな。山の名前は不明です。地蔵岳との間の山かな。
沼田ICから関越道に入ります。この頃に、添乗員さんから大変な情報が入りました。直江津から乗る予定の「はくたか」は運休になったそうです。これだと、直江津から富山に抜けることができません。
今のところは、本社との間で連絡を取り合って、どうするかを決めているところだそうです。じたばたしていてもしかたがないので、決着がつくのを待ちます。その間は山を見ながら帰っていきます。それにしても、運休になるような天気ではないような。何があったのでしょう。
塩沢石打IC付近からの山です。苦労して八海山と中ノ岳としたようです。後にこの付近をいったり来たりする機会があり、その時にわかった八海山の特徴が見えています。右端が中ノ岳です。
柏崎IC手前から見えた米山です。雲に切れ目ができ始めているようです。
米山SAで休憩です。ここからは佐渡島が見えると添乗員さんが教えてくれました。
米山をぐるっと回るとまもなく上越ICにつきます。この間に「はくたか」運休に伴う行程の変更が決定しています。バスで富山までいってもらいます。バスの運転手さんの勤務時間や途中休憩の関係でここが限界だそうです。
富山からは「サンダーバード」がでていますから、これに乗って大阪まで帰ってくることになります。乗れるのははじめの予定より2時間後の列車になります。大阪到着予定時刻ははっきりしませんが、23時30分ごろのようです。何とか最終になる前の電車に乗り継いで帰ってくることができそうです。これで一安心ということで車窓見学を楽しむことにしました。
上越ICの近くです。妙高山が見えるはずですが雲の中のようです。直江津へいくにはここで高速道路を降りることになります。
この先で弁当を積み込むか何かの理由でSAに入っています。場所的には名立谷浜SAのようです。帰りの電車内で食べる希望者向けの弁当だったような気がします。それとも全員かな。本来なら直江津駅でもらうことになっていたようです。業者にここまで持ってきてもらうように添乗員さんが手配していました。
糸魚川付近です。新潟焼山は雲の中で見えません。鉄道と高速道路ではだいぶ場所が違いますから往路に比べて見え方も変わっています。
富山駅に到着です。新幹線の工事でごちゃごちゃしています。駅前でバスを駐める所がありません。道路脇にとめ、急いで降りて荷物を受け取ったらすぐに駅舎に移動します。
ここで2時間ほどの時間待ちです。待合場所も狭くなっていて窮屈です。時間をつぶせる事もすぐになくなって暇をもてあまします。テレビは、東京で大雨だったとかいうようなニュースしか放映していません。すぐに飽きてきます。
何とか時間になって、ホームにあがります。待っている場所から月が見えます。半月のようです。この日は月面×が見られる予想がでています。写真に写してみると何とか確認できます。でも、このサイズではわかりませんね。
列車がやってきて、乗車したら出発です。つぎは高岡に停まりました。出発時刻になったところで車内放送が入りました。次の石動駅近くの踏切で人身事故が発生したので、緊急停止しているとのことです。
待っていてもなかなか動き出す気配がありません。結局、2時間ちょっと経ってから動き出しました。このままの遅れで解散すると大阪到着が夜中の1時半頃になりそうです。特急の停車駅からの移動手段がありません。どうすればいいのか考えないといけません。
途中、車内放送で到着予定時刻が告げられます。遅れはそのままで、少しも回復する気配がありません。でも、ここで10分や20分早くなったとしても、特急停車駅で下車してからの交通手段がないのには変わりがありません。遅れが2時間を越えたままなら特急券の払い戻しがあります。同じ遅れるのならこちらの方がいいかな。
車内で添乗員さんが到着後どうするかを聞いてまわっています。降りてからの足がないので、どうするかということです。帰れない人はどこかに泊まるしかありません。ビジネスホテルを手配してくれるようです。実際にやったのは本社かな。大阪駅近辺ではなさそうで、京橋あたりまでの範囲になりようなことをいっていました。
はじめの予定では、京都で乗り換えて帰ってくるつもりでいました。京都からの最終電車は早いので利用できないでしょう。それなら新大阪までいくことにします。ここからのほうがタクシー代は格段に安くなります。たぶんこちらの方が早く帰れるでしょう。新大阪下車と変更して、その旨添乗員さんに伝えます。新大阪駅での下車証を発行してもらい受け取りました。
1つだけ朗報が入りました。大阪からの環状線乗り継ぎは臨時列車がでるそうです。でも、これはあまり影響がありません。京橋で泊まる人にはラッキーかな。他の路線はないのかと思います。どうして臨時列車があるのかも不思議です。サンダーバード遅れのためというのは、いくらなんでもという気がします。
列車の遅れは回復しないまま京都・新大阪と到着しました。新大阪で下車して改札に向かって階段を登り切ったところで、駅員さんが京都線乗り換えの人は急いでくださいと声をかけています。ここからも臨時列車があるようです。別のホームに降りて電車に乗ります。何人かの人がすでに乗っています。
いつ発車かわからないまま出発を待っていると、「新幹線遅れのため..」という車内放送がはいりました。この臨時列車は、サンダーバードのためではなく、新幹線の遅れのためのものだったようです。
5分くらいかな、待った後出発しました。最寄り駅に着いて、駅改札で下車証を見せて差額を支払おうとしたら、いらないといわれました。基本的にはターンした場合は、別途料金が必要になります。これもラッキーです。後は歩いて何とか自宅まで到着です。
尾瀬にミズバショウを見に行くという念願の1つがこれでかないました。ミズバショウの花はそれなりに見られたものの、湿原性の花はそれほどたくさんありませんでした。多かったのはワタスゲ・ショウジョウバカマ・ヒメシャクナゲ・リュウキンカといったところでしょう。それ以外に野山でも見られる花としては、エンレイソウ・サンカヨウ・ニリンソウ・シラネアオイ、樹木ではオオカメノキといったところでしょうか。
ミズバショウの開き具合は、尾瀬沼ではちょうどいいくらいの感じでした。これに対して、尾瀬ヶ原では仏縁包の縁が黄色くなりはじめているようで、少しおそかったようです。尾瀬沼の方が標高で250m程高いので、その分の気温差がこの差に表れたようです。
ミズバショウだけでなく、他の花たちにも影響していたようで、ミツガシワやチングルマなど尾瀬ヶ原の方が種類が多かったようです。
次はニッコウキスゲのころかな。
どうして梅雨の頃にしたのかは疑問です。実際、2日目には中国〜東海地方で梅雨入りし、3日目に、関東・甲信越・北陸・東北南部が梅雨入りしています。雨が少しぱらついたくらいですんだのはラッキーだったのかも。
いってみて、ミズバショウの花の状態から見るとこの時期しかなかったのかなという気はします。資料が残っていないので何とも言えませんが、梅雨入り直前のぎりぎりの日程から選んだという可能性はあります。これ以上早いと尾瀬沼では咲いていません。
天気とかの情報は入っていないのですが、3日目には太平洋側で大雨が降ったという記録があります。新幹線の遅れはこれの影響だったというのはなきにしもあらずといったところでしょうか。「サンダーバード」ばかり考えていましたが、「はくたか」の運休もこれと何かありそうです。風でよく止まると言っていた人がいました。
帰りに起こったトラブルについては、一度概略といいながら普通に書いています。だぶっていますが、こちらの旅行ということで、その時よりは少し詳し目に書きました。
下原稿を書いていて、1つひっかかる所がありました。旅行中は金沢をものすごく意識していたような気がしています。たとえば、はくたかが運休とわかったときに、基本的にはその運休区間をバスで送ってもらうという手段しかありません。サンダーバードはほとんどが富山までいっていますから、普通なら富山までどうやって行くかという問題となります。ところが、金沢までどうやって行くかという問題を考えていたような気がしています。
そう思ってみると、白山の写真を撮った後、何となくみんながそわそわしていたような気もしてきました。金沢乗換えならそろそろ降りる準備にかかる頃です。でも、思い出しながら書き初めたころは金沢乗換はないだろうと気にしないでいました。
当時の資料が残っていれば一発解決です。のこっている4枚の資料にはそれがありません。書いている途中で気になってきたので、いろいろ調べ直してみると金沢に関係したことが1つわかってきました。2014年頃は、金沢から東京に抜ける最短時間のコースは、「はくたか」で直江津から北越鉄道を経由して越後湯沢に抜けそこから上越新幹線で東京にいくというコースでした。つまり、「はくたか」は金沢(あるいはそれより西)から発着していたことになります。それなら、富山ではなく金沢乗換えという選択肢も浮かび上がってきます、小松駅過ぎのそわそわもあり得ることとなってきます。
帰りもそうです。どこかまで送ってもらうとして、バスの運転手さんの勤務時間の問題があります。連続乗車時間といった方が正しいかも知れません。代替の運転手さんがいませんから、長時間走り続けることができません。富山と金沢を比べると、金沢では完全に問題となるレベルでしょう。金沢まで行けないとしたらどこまで送ってもらうかという問題が発生します。
もう一つあります。富山乗換としたら富山の出発時刻がわかっていますから、その時刻につけるかどうかをだけを考えればいいことになります。バスが高速道路を走るのにかかる時間と列車が走行するのにかかる時間は大差ないでしょう。乗換にかかる時間待ちを考慮すれば、間に合いそうです。
金沢乗換だったとして富山に変更すると、指定席の取り直しなど時間がかかることがありますから予定していた特急に乗れないでしょう。それなら、金沢までならということも考えることもあります。でもこの場合は途中で休憩が入れないといけないので間に合わないかも知れません。というようなことで、金沢を意識していたような気がします。
バス車内で間に合うのではと別の方法で計算して添乗員さんにそうするように迫っていた人がいました。時間の計算はほぼ正しいと思っていましたが、ルールで知らないことが多いので、添乗員さんと会社に任せた方がいいと考えていました。
肝心の資料が残っていないのでこれ以上はどうなっていたのか知ることもできません。どうだったのでしょうか。結局の所、本文では乗換駅がどこであったかは書かずにスルーしています。
帰りの行程が変更になったことで、旅行社から返金の案内が来ていました。直江津富山間を使用しなかった分、特急遅延による返金分、にたいしてバスが富山までいった差額を差し引きしての差額になります。口座番号を連絡して返金を受けました。通帳に記入されている1000円の振込というのがこれにあたるのかな。
旅行中に眼鏡のレンズを割っています。帰りの車内で添乗員さんが、傷害保険に入っているから保険が下りるということで証明書を書いてくれました。眼鏡の写真と修理代とか必要な書類をそろえて提出したら、最低補償額以上の分だけが返ってきました。
これに味をしめて、次からもということになっていません。次の旅行では、書類をくれなかったこともあり、最近では申し込んでいません。旅行前に加入するように督促はしつこく来ます。カメラなど扱いが乱暴なのでいつ壊してもおかしくないので、入っていてもいいのかも知れません。今のところ修理に出すまでには至っていませんから、そこまでしなくていいのかも。そもそも、壊れたとしても、それが原因だったのかどうか、前々から不具合を抱えていたのかも知れません。
記事の下原稿を書いていて、1つ困ったことがでてきました。尾瀬ヶ原は、大きく上田代・中田代・下田代の3つにわけられます。問題はその境界がどこにあって、どこの部分で写した写真なのかということがはっきりしないところにあります。
写真を分類したときには、だいたいの時刻で。これは上田代というぐあいにわけていたように見えます。
そもそも当時は、どうして西側が上田代なのかということさえわかっていませんでした。竜宮現象の場所を過ぎてから川の流れは上田代の方に流れているように見えたということがあります。西側の上田代の方が低いと勝手に思い込んでいました。
実際には東の下田代(正確には歩いた場所では中田代より)が低くここから北に只見川となって流れ出しています。これからいえば東側が「下」というのは納得がいきます。
それでは、境界はどこにあるのでしょうか。何となくこのあたりではなく、正確に決めたいものです。歩いた当時は、湿地と花ばかりを見ていて、他のことにはあまり注意を払っていなかったようです。
写真などを見直しているときに気がついたのが、拠水林です。ところどころに林があるという程度にしか見ていませんでした。大きなものは沼尻川の拠水林でしょう。それぞれの湿地はここできれいに分断されています。ここが下田代と中田代の境目とすると、2つをわける意味が出てきます。記事ではここを境界としました。
上田代と中田代ではどうでしょう。牛首のところで尾瀬ヶ原が狭くなっていますからだいたいこのあたりということもできます。よく見ると、ここで上の大堀川が尾瀬ヶ原を横切っていて、沼尻川に比べるとだいぶ小規模になりますが拠水林もできています。ここを境目にできそうです。
そういう目で写した写真を順番に見返してみると、川の流れる林の中を横切っているようすが見えます。林や川を越えたかどうかで今これがどこの写真かということが判別できるようになりました。
このようにしてみると、上田代としていた写真の大半が中田代で写したものになってきました。記事で中田代が多いのもこれと関係があります。いろいろなものが見られたという方が大きかったかも知れませんが。
このようにわけてみると、こんどは時間的な問題が発生します。上田代はそれほど時間がかからずに通過していることです。たぶん中田代では、竜宮現象・下の大堀川のミズバショウ群生地と脇道によっています。雨が降りだしたこともあってカッパの着脱もしています。こういったことに要した時間を考えると。中田代に通過に時間がかかった理由が納得できそうです。
山の鼻についてから、尾瀬植物研究見本園に行きました。ここも上田代からは林で隔てられた湿原になっています。地形図からは拠水林と言うより鳩待峠から流れてくる川上川が作った扇状地性の高まりのように見えます。ここで写した写真がどれなのかもはっきりしていません。時間で区別しています。15分も時間差があれば間違いはないでしょう。
GPSロガーの記録した位置情報とその近くで撮影した写真を地図上に表示させるためのファイルを作りました。地理院地図にファイルをドラッグするか、グーグルマイマップにファイルを登録することで表示することができます。ファイルは
ここ にあります。