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ヨッシンと 地学の散歩

散歩道の四方山話


大気の上下運動と気温の変化


内 容
1.大気と気圧
 1-1 真空を作れるか
 1-2 気圧の発見
 1-3 1気圧の大きさ
 1-4 気圧ができる理由
 1-5 高いところほど気圧が低い
2.大気の上下運動と気温の変化
 2-1 大気の上下運動
 2-2 断熱変化
 2-3 湿潤断熱変化
 2-4 大気の安定・不安定
 2-5 逆転層
3.フェーン現象
 3-1 フェーン現象
 3-3 エマグラム
 3-4 フェーン現象は起こるのか
1.大気と気圧

1-1 真空を作れるか
 私たちの周りに空気があることはいろいろなことからわかります。たとえば、風が吹くと、旗が流されたりします。 風が強くなると、ものが飛ばされたりすることだってあります。これは、私たちの周りにある何かが、 動いてぶつかることによって旗を押し流したり、ものを飛ばしたりするためです。 また、温度の高い部屋に入ると暑く感じ、低い部屋では寒く感じるのは、周りになる何かから、熱をもらったり、熱を奪われたりするためです。
 私たちの周りには目には見えないし意識することはありませんが何かがあります。これが空気です。
 ところで、この空気が全くない状態を作ることができるのでしょうか。空気が無い状態を真空と言います。 言い換えると、真空を作ることができるかという問題です。17世紀の初め頃に、大きな議論となりました。 どうやってもどこからともなく空気が入ってきて、真空が作れないのです。そのため当時は、「自然界は真空を嫌う」という原理がまじめに提案されていました。
トリチェリの真空  これに対して、イタリアの物理学者エヴァンジェスタ・トリチェリは、1643年に実験で真空を作ることに成功しました。 一方を閉じた長いガラス管を水銀で満たし、水銀を満たした器の上に閉じた側を上にして立てると、 ガラス管の水銀下に降りてきて、ガラス管の上部に何も入っていないすき間が作られました。 このすき間は、トリチェリが作った真空と言うことで「トリチェリの真空」と呼ばれています。
 この水銀を使った実験でもう一つわかったことは、水銀がガラス管の中に残っている高さが、 いつもだいたい同じで器の水銀面より76cm上であることです。
 この実験とよく似たことが、1630年にガスパロ・ベルティによってなされています。 彼は、水をポンプで引き上げようとしたのですが、どうやっても10mより高いところに吸い上げることができませんでした。 原理的には、水銀の代わりに水を使って同じ実験をしていたのですが、彼には真空を作っていたという意識はなかったようです。

1-2 気圧の発見
トリチェリの真空原理  1647年に、ブレーズ・パスカルによってパスカルの原理が発表されます。 「密閉された容器の中に閉じ込められた流体は1点に受けた圧力をそのままの大きさで周囲に伝える」というものです。 ここで、流体とは、気体・液体を言います。この原理を使うと、トリチェリの実験が、もう一つ大事なことを示している事がわかります。
 器に入った水銀面の高さで考えてみます。ガラス管の中にはこの上に76cm(760mm)の高さの水銀があります。 従って、この場所では、76cmの高さに相当する水銀の重みによる圧力が加わっています。 器の中の水銀はこれだけの圧力を受けているわけですから、同じ圧力でガラス管の外側の水銀面を持ち上げようとします。 それにもかかわらず水銀面が上がっていかないのは、周りにある空気によって同じ圧力が加えられているためだと考えることができます。
 つまり、空気は、76cmの高さの水銀が作る圧力と同じ圧力で器の水銀面を押しているといえます。 このことから空気が圧力を持っていることがわかります。空気の持つ圧力は、気圧と呼んでいます。
 空気に圧力があることを示したのは、オットー・フォン・ゲーリケです。1654年に、マグデブルグという町で大衆の前で実験を行いました。 口の部分でぴったり重なるお椀型の器を2つ作り、口を合わせてから中の空気を抜き、馬で引っ張らせて、はずそうというものです。 マグデブルクの半球実験 お椀の中の空気を抜くことによって、気圧はお椀を押さえつける力となり、お椀がくっついてしまい大きな力で引っ張らないとはずせないはずです。 結果は、片側8頭ずつ合計16頭の馬で引っ張ってやっとはずせました。この実験は「マグデブルグの半球実験」として知られています。
 同じ原理は、吸盤が壁にくっつくことに応用されています。くっついた吸盤はなかなか外せませんが、中に空気を入れると簡単にはずせるようになります。 味噌汁を入れたお椀のふたが取れなくなるのも同じ原理です。
 他にも、空き缶やペットボトルの空気を抜くことによって、空き缶やペットボトルがつぶれることからも、気圧が働いているのがわかります。 私たちの体にも気圧がかかっていますが、体がつぶれないのは体の中から同じ力が働いて押し返しているからです。

1-3 1気圧の大きさ
 トリチェリが実験を繰り返し行っていると、ガラス管に入る水銀の高さは日によって変わることわかってきました。 これは、気圧の大きさが日によって変化するためです。気圧の大きさをいう場合、基準値が変化すると困ります。 そこで、標準的な大気の圧力を決めることになりました。
 水銀の高さは、平均すると76cmの高さになります。そこで76cmの高さの水銀が作る圧力を標準的な空気の圧力と定義することとします。 これが1気圧です。1atmということもあります。今は使われていませんが、760mmの高さの水銀という意味で、760mmHgという書き方もあります。
 ここから計算になります。1気圧の大きさを求めてみることにします。どれだけの大きさか数値でわかるように、計算をすすめていくことにします。
 1cm2の面上にどれだけの重みが加わっているか計算します。水銀の密度を13.6g/cm3として
 
 1気圧 = 76cm × 13.6g/cm3 = 1033.6g/cm2
 
 となります。1平方センチあたり約1kgの力が加わっている計算になります。 約1kgのものが乗ったときと同じ大きさの圧力といってもいいでしょう。 ちなみに、水だと1033.6cm≒10.3mの高さになります。ガスパロ・ベルティが行ったた実験の結果と同じ値になります。
 ここで、計算にあたっては、単位はm、kgを使う決まりになっていますので、単位を置き換えます。
 
 1033.6g/cm2 = 1.0336kg/(1/100 m)2
          = 10336 kg/u  
 圧力は、単位面積当たりの力なので、重さを力に換算します。地球の標準重力加速度9.8m/s2をかけます。
 
 10336 kg/u × 9.8m/s2 = 101293kg/m・s2
                = 101293Pa
 
ここで、100Paを1hPaとおくと  
 1気圧 = 1012.93hPa ≒ 1013hPa
 
となります。実際には1気圧は1013.25hPaと定義されています。


1-4 気圧ができる理由
 次に、大気に気圧が生じる理由を考えることにします。
 パスカルの原理によれば、大気は、押されているのと同じ大きさの圧力で押し返すことになります。 この押し返す圧力が気圧です。見方を変えれば、気圧と同じ大きさの圧力で押されていることになります。 それでは、空気を押しているものは何でしょうか。
 トリチェリの実験から、気圧の大きさを計算する方法を見直してみます。 気圧の大きさは、器の水銀面と同じ高さで、ガラス管内で上にある水銀の重さによる力でした。 ガラス管の外側には何もないようですが、実際には空気が乗っています。ガラス管の中と同じように考えると、この空気の重さによって圧力が加わるはずです。
 空気には重さがないように感じます。それは、空気には、その重さと同じだけの浮力が働いているために、重さとして感じないだけです。 水を入れたコップに浮かべた氷は、水の中では重さを感じませんが、コップ全体の重さを量ったときには、氷の分もその中に含まれます。 これと、同じように空気の入ったコップに、空気が入っていると考えるといいでしょう。この時、コップと始めに入っていた空気の重さは0と考えてください。
 ここまでわかったとして、つぎは水銀面上に極薄い空気の層があると考えてみます。 空気の層の上には空気が乗っています。そのため、空気の層は、その上にある空気の重みと同じ圧力でを持つことになります。
 1cm2の水平面の上にかかる重さは約1kgですから、この部分の上にある空気の重さも約1kgであることがわかります。

1-5 高いところほど気圧が低い
 ところで、空気はいくら軽いとはいえ、わずかですが重さがあります。 このことを頭の中に入れながら、山に登ったときのことを考えてみることにします。
山の気圧  山麓にいるときの気圧はその地点で、上にある空気の重さです。山頂でも同じ事がいえます。 重さを比べてみることにします(右図)。山頂と山麓との間に空気の層があることに注目してください(濃い青色部分)。 この空気の層は重さを持っていますから、山頂で上にある空気の重さ(薄い青色部分)は、山麓に比べて、間にある空気の重さの分だけ少なくなるはずです。 上にある空気の重さが少なくなると、その分だけ気圧が小さくなります。つまり、山に登ると気圧が低くなるといえます。
 それでは、どれくらい小さくなるのでしょうか。100m登ったときの気圧の減少量を計算で求めてみることにします。 そのためには、空気の重さを知る必要があります。まず、1気圧25℃の空気1molの堆積は22.4ℓになることがわかっています(標準状態)。 これを基準に求めてみます。空気の組成は、窒素78%、酸素21%、アルゴン1%なので、
 
 空気の分子量 = 28×0.78 + 32×0.21 + 40×0.01 = 29 (28.96)
 
つまり、22.4ℓの重さは約29gになります。1ℓでは
 
 29 ÷ 22.4 = 1.29g/ℓ
 
1ℓ(1000cm3 = 1/1000m3)の空気は、底面積が1uの空気柱では高さは0.001mです。
100mの高さの空気柱の重さを Wとおくと
 
 0.001m : 1.29g = 100m : W
 W=1.29g×100m÷0.001m = 129000g = 129kg
 
重さを力に換算して
 
 129kg × 9.8m/s2 = 1270N
 
底面積1uあたりの力なので、圧力にかえると
 
 1270N ÷ 1u = 1270Pa = 12.7 hPa
 
 つまり、100m高くなると、気圧は12.7hPa低くなります。 これは、1気圧25℃の空気として計算していますので、気温が高かったり、気圧が低かったりすると、低下する圧力は小さくなっていきます。 一般的に、気圧変化の割合については、空気の温度が、上空まで地表と同じとすると、5.5kmで気圧がほぼ半分になるともいわれています。
 高いところほど気圧が低くなることは、空気が薄くなることを示しています。気圧が低かったり空気が薄かったりするのは次の様なことからわかります。
袋菓子を山に持って上がると袋がふくれている
ロープウエイやケーブルカーで山に登ると耳がつんとくる(実際には気圧が変化したことを示しています)
息切れ・頭痛・吐き気・意識障害などの高山病と呼ばれる症状が出ることがある
水の沸点が下がる(ご飯がうまく炊けなくなる)
気圧計を利用して高度計を作ることができる
等です


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2.大気の上下運動と気温の変化

2-1 大気の上下運動
 大気は、水平方向ばかりでなく、上下方向に動くことがあります。 上の方に昇っていく空気の流れを上昇気流、下に降りてくる空気の流れを下降気流と言います。
 上昇気流があることは、鳥やグライダーがその流れに乗って高く上がっていくことや、 積乱雲がだんだんと大きくなっていくようすなどからわかります。 下降気流を目にする機会は少ないのですが、飛行機がエアポケットに入りこんだという現象は下降気流が原因となっています。
 上昇気流ができる原因は、大きく4つあります。一つ目は、風が山の斜面にぶつかったときです。 ぶつかった風が横方向に逃げ場がないときは、山の斜面を昇っていくことになります。 山では、できた霧が風に流されて斜面を昇っていくのを見ることがあります。
 2つめは、地表付近で空気が暖められた場合です。暖められた空気は、軽くなるので上昇しやすくなります。 ストーブの上で空気があがっていくことからこのようなことが起こるのがわかると思います。積乱雲が発達していくのは、主にこの原因によります。
 3つ目は、周囲から風が集まってくる場合です。このような現象を収束といいます。 集まってきた空気は、行き場がなくなり、上の方にあがっていきます。低気圧や台風の中で起こっています。
 4つめは、暖かい空気と冷たい空気が接した場合です。ぶつかってもかまいません。 空気がすぐに混ざってしまいそうですが、そのようなことは起こりません。 暖かい風の方が軽いので、冷たい風の上に乗り上げていくことで上昇気流となります。前線の中で起こっています。
 上昇気流ができる場合、霧や雲、場合によっては雨が降ったりすることがよくあります。次はその原因について考えていくことにします。

2-2 断熱変化
 ここからは、上昇していった空気塊に何が起こるかを考えてみることにします。
 上昇していった空気塊に起こる最初の変化は、気圧が小さくなるです。 高いところほど、そこにある空気の気圧は小さくなります。 上昇していった空気塊も、周囲から押される力と同じ力で押し返すようになります(パスカルの原理)。 従って、上昇していった空気塊の気圧は、その高さにあった空気の気圧と同じになります。 気圧が、小さくなると気体の体積は膨張します(ボイルの法則)。 上昇していった空気塊の2番目の変化は、膨張していくことです。
空気塊のする仕事  3番目の変化は話がちょっと複雑になります。空気塊が膨張する方向は空気に加わっている力の向きと正反対です。 このような場合、物理学では仕事をするといういいます。わかりやすくするために話を単純化して進めることにします。 膨張する空気塊は柱型の容器に入っているとします。そして、膨張方向は上方向だけとします。 空気塊の上面は、周囲の空気によって下向きに押されています(右図左側濃青色部)。 膨張した後の空気塊の上面は上がっています(濃青色+淡青色部)。 空気塊にとって、押されて力は何でもいいので、とりあえず錘の重みによる力だとします(右図右側)。 錘は空気塊の上面にありますから、膨張した分だけ持ち上げられることになります。 つまり、空気塊は、錘を持ち上げるという仕事をしたことになります。これは、錘でなく気圧がかかっていた場合でも同じです。 上にある空気を少し持ち上げたと考えてもいいでしょう。 3番目の変化としては、周囲の空気に仕事をするということです。
 4番目の変化です。これが重要となります。物体が仕事をするには、エネルギーが必要です。同じ量だけどこかにあるエネルギーを消費することになります。 ところで、空気塊の使うエネルギーは、どこから持ってくるのでしょうか。何も利用できそうなものはありそうに見えません。 結局、熱エネルギーを利用するという非常手段を使います。熱エネルギーを使うと、気温が下がっていきます。 つまり、空気塊の温度は下がっていくことになります。これが4番目の変化です。
 このように、空気が上昇(膨張)することによって気温が下がります。 空気が下降(圧縮)すると変化は逆になりますから、温度が上がっていきます。 周りから熱を奪われたりもらったりしていないのに、温度が下がったりあがったります。 このような変化を、断熱変化(断熱膨張・断熱圧縮)といいます。 空気入れを使っているとポンプの部分が熱くなったり、スプレーの吹き出し口の空気が冷たかったり (容器内の成分の蒸発による場合もある)するのはこの原理によるものです。 また、この原理を利用して。冷蔵庫やエアコンは冷却しています。
 それでは、空気は100m上昇するとどれくらい温度が下がるのでしょうか。計算してみることにします。 計算が、苦手という人は読み飛ばしてもらってもかまいません。
 膨張前と膨張後を考えます。 温度の違いによる変化も考慮する必要がありますが、とりあえず温度変化による体積変化はないとして考えていくことにします。
 ボイルの法則から
とします。  
 PV = P'V'
 ただし、P:圧力 V:体積 で 「'」つきは、膨張後のものです
 
消費するエネルギー(E)は
 
 E = P'( V' − V )
   = P'( P/P' − 1 )V
   = ( P − P' )V
 
1ℓの空気を考えます。100mで気圧が12.7hPa下がることを利用して
 
 E = 1.27 J/ℓ
(実際にはこれは最小値で、最大値はこれのP/P'倍になります。P=P'にした影響は、温度変化による影響と同じくらいなので無視します)
 
エネルギーをもらった時に、どれだけ温度が変わるかを求めるためには比熱を知る必要があります。 普通気体の比熱の値は定圧比熱と定積比熱の2種類あります。 体積変化によるエネルギーの消費が先に行われたとして温度変化を考えればいいので、定圧比熱の方を使います。 空気は2原子分子が主体(窒素+酸素で99%)なので、定圧比熱は29.3J/mol・K、1molの空気は1気圧25℃で22.4ℓを使って
 
 比熱 = 29.3 J/mol・K ÷ 22.4 ℓ/mol
    = 1.30 J/ℓ・K (温度差を考えているのでKと℃は同じ)
 
 温度変化 = エネルギー ÷ 比熱
      = 1.27 ÷ 1.30 ≒1.0 ℃
 
 断熱変化の割合は100mにつき約1.0℃(1kmで約10℃)という値が求められました。 計算をしてみたことによって、この値は1気圧25℃の状態で成り立つ値だということがわかります。 当然、気圧や気温の違いで値は変わってきます。気圧が低かったり温度が高かったりすると、値は小さくなります。

2-3 湿潤断熱変化
 空気塊が上昇していき、気温が下がっていった場合を考えます。 一般的に、気温が下がり、露点温度より低くなると、空気中より水滴が発生します。 水滴が、空気中を漂うようにできたものが霧や雲で、近くにあるものにくっついてできるが露です。 上昇する空気は他のものに触れることがありませんから、露にはならず、霧か雲になります。 霧は水滴が漂っている状態を中からみたものまたは見ることができるもので、一般的には地表面に接しているものをいいます。 これに対して、雲は外から見た状態をいいます。
 上昇する空気は気温が下がるため、霧や雲の発生を伴うことがよくあります。 場合よっては雨を降らせることがあり、天気は悪くなっています。 逆に下降する空気は、気温の上昇に伴って、霧や雲がなくなりますから晴れることが多くなります。
 霧や雲、露ができる時には、水滴に変わる前の水蒸気が持っていた熱エネルギーを放出します。 これによって、温度の低下は妨げられることになります。
 空気塊が上昇していって霧や雲が発生するようになると、温度の低下の割合は水滴ができない場合に比べて小さくなります。 したがって、空気が上昇していった場合、雲や霧ができるかできないかで温度の変化の割合が変わってくることになります。 雲ができない場合は、先ほど求めたとおりの値になり、これを乾燥断熱減率といいます。 これに対して、雲ができる場合は、湿潤断熱減率といいます。 湿潤断熱減率は、乾燥断熱減率の半分くらいで、100mの上昇についてだいたい0.5℃です。

2-4 大気の安定・不安定
 地表付近の空気塊が上昇していった時を考えます。上昇することによって、気温は下がっていきます。 その時の温度と、その高さに元々あった空気の温度を比べてみます。 ここで、上がっていった空気塊の温度が周りにある空気の温度より低いのなら、上がっていった空気塊の方が重たいので再び下に降りていきます。 このような場合大気は安定であるといいます。 逆に、上がっていった空気塊の方が暖かければ、空気は軽いのでさらに上昇を続けます。 このような場合は大気は不安定であるといいます。
上昇大気の温度変化  グラフで考えてみます。地表の空気塊強制的に上昇させると気温が下がっていきます。 初めのうちは雲ができないので乾燥断熱減率の割合で下がっていきます。 横軸に気温、縦軸に高さをとってグラフに書いてみると(右図)、高くなる(上に行く)ほど気温が下がる(左に行く)ので、左上がりの線になります。
 ある高さ(右図では300m)になると、露点に達し、そこからさらに上昇して気温が下がると雲ができるようになります。 そうなってくと気温の下がり方は湿潤断熱減率に従います。湿潤断熱減率の方が乾燥断熱減率より小さいので、温度変化のグラフは立ってきます。
 2つの線を続けて書くと、折れ曲がって左側の方がが立っている左上がりの線ができあがります。これが、上昇する空気塊の温度変化のグラフです。
大気の安定と不安定  気球に温度計をつけて離し、どの高さではどれくらいの温度になっているかを測定することができます。 この結果は、同じようにグラフにすることができます。先ほどのグラフに、重ねて書いてみることにします(右図)。
 気球で測った上空の気温が、左側のグラフに書かれている青線のようだったとします。 青線より左側(淡青色部)は、上空の気温より気温が低い(冷たい)領域になります。右側(淡赤色部)は暖かい領域です。 上昇させた空気塊の温度変化の線は、この淡青色の領域に入っています。 したがって、上昇させた空気塊は、重たく再び降りてくることになりますから、大気は安定であるということになります。
 逆に右グラフ赤線のように、上空の気温が上昇させた空気塊の温度変化を示す線より左側の冷たい側にあった場合は、 上空の空気より上昇させた空気塊の方が暖かく、軽くなり上昇を続けるということになります。この場合が「不安定」です。
大気の安定。不安定  上空の気温と上昇させた空気塊の温度を逆にして考えても同じです。入れ替えてみます。 上昇させた空気塊の温度が上空の気温より冷たい場合大気は「安定」で、暖かい場合は「不安定」になります。 先ほどは分けて書きましたが、一つの図の中に入れることができできますのでやってみます(右図)。 今回の場合、上空の気温がどうなっているかですから、暖かい・冷たいの領域のある位置関係が入れ替わります。 上空の気温が空気塊の温度より温度の高い側にあれば「安定」、低い側にあれば「不安定」です。 上空に冷たい空気が流れ込んでくれば、上空の気温は気温の低い左側に動いていき、「不安定」となってきます。
 それでは、上空の気温が緑線のようであったらどうでしょうか。 500mの高さまでは冷たいと書いたがわにありますから「安定」、500mより高いところでは「不安定」になります。 地表にある空気を、500mまで押し上げることができたらそこからは勝手に上昇を続けるようになります。 このような場合は、「条件付きで不安定である」といいます。単に「条件付き不安定」という場合もあります。 これに対して、青線のようにどの高さでも安定な場合は「絶対安定」ということもあります。

2-5 逆転層
逆転層  風が弱いよく晴れた日の夜は、地表から放射によって熱が逃げていき、地表の温度が下がっていきます。 最も温度が下がるのは、朝日が当たって地面が暖められ始める直前の時間帯です。 この時、地表付近の気温の方が上空の気温より低くなることがあります。このようになったのものを、逆転層と言います。 山間の盆地では、周囲の山から、山の斜面で冷やされた空気が流れ込むことで発生する事もあります。
雲海  逆転層の中では、大気は非常に安定していますので、上下の空気が混ざりにくくなっています。 いったんこの部分に閉じ込められた、排気ガスなどの汚染物質は拡散せずにいつまでも中に留まっています。 このようにして発生するのが、スモッグです。昭和40−50年台には、穏やかな冬の朝には、頻繁に発生していました。 最近では排煙や排気ガスの規制が強化されたため、スモッグとして発生することはほとんどなくなっています。 スモッグが発生したときに小高いところから見ると、茶色っぽい色をした空気がたまっているのが見えました。 山間の盆地に見られる雲海はこのような逆転層に霧が閉じ込められてできたものです。
逆転層  逆転層は、日が昇って地面が暖められることによってなくなっていきます。 初めのうちは地表付近だけですが、熱が上空に伝わって行くにつれて高いところの逆転層もなくなっていきます。 その途中の段階では、逆転層が空中に持ち上げられたようになっていることがあります。 雲海が次第に上がっていって、山の中腹に雲がたなびいているのはこのような場合です。
 これに対して逆転層が地表に接している場合は、特別に接地逆転層といって区別することがあります。
逆転層と煙  逆転層があるかどうかは、煙のたなびき具合からもわかります。たとえば、風の弱い日に煙突から出た煙を考えてみます。 煙突から出た煙は、暖かく軽いので、風がなければ真っ直ぐ上昇していきます。 上昇の途中で、煙は冷やされて重たくなるのと、元々煙粒子や湯気の水滴が含まれるため重たいのとで、すぐに煙の重さは周りの空気と変わらなくなります。 こうなると煙は上昇をやめ、その高さでたなびくように広がっていきます。 逆転層があると、すぐにこの高さに達し上に昇っていかなくなります。低い高さで厚い煙の塊となって、に流れていきます。 逆転層がない場合は、真っ直ぐ煙は上昇し、高いところで次第に拡散していって見えなくなります。

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3.フェーン現象

3-1 フェーン現象
 山にあたった風が、山の斜面を上昇し、山を越えて反対側の麓に降りていった場合を考えてみます。 途中で何もなければ、元の状態の戻るわけですから、最初の状態とと変わらないはずです。 ところが、山の斜面を昇っていくうちに、雲ができ始めたらどうなるでしょうか。 雲は次第に雨に変わり地面に落ちていきます。空気中から水分が抜き取られていきます。その分だけ湿度は下がっているはずです。 また、水蒸気が水分に変わったわけですから、その時に熱を放出して空気を暖めます。当然その分だけ、空気の温度は上がります。 つまり、乾いた暖かい風に変わって行くことを示しています。
 ヨーロッパアルプスに吹くフェーンと呼ばれる暖かい乾いた風が起こる原因としてこのようなことが考えられました。 フェーンと呼ばれる風を吹かせる現象ということで、フェーン現象と呼ぶようになりました。 日本では風炎という字が充てられたこともあります。
 日本で、最高気温が出る度にその原因としていわれるのが、フェーン現象です。 フェーン現象が起こると空気が乾燥こともあり、火災が起こりやすくなります。

フェーン現象例題  高校の問題集では、数値を使って求める計算が載せられていることがあります。 厳密には計算しきれないのでどこで妥協するかで解答が違ってきます。その方法を順番に見ながら、温度変化を求めてみることにします。
 計算にあたっては条件(問題)を設定することにします。 始め空気です。高さは0mで気温は25℃だったとします。 それが風に乗って山の斜面を昇り始め、300mの高さで雲ができ雨が降り始め、さらに900mの高さにある頂上まで昇ったあと、 反対側の斜面を0mの高さまで降りていくとします。

 まずは、気温の変化を考えます。
 雲ができ始める300mの高さまでは、乾燥断熱減率に従って、100mの上昇ごとに気温が1℃下がります。
300m上昇した場合は、比例計算して3℃が求められます。
 (100m:300m=1℃:x℃ → x℃=1℃×300m÷100m)
従って気温は初めの気温から引いて22℃(25℃-3℃)です。
フェーン現象グラフ  ここから、山頂まで600m(900m-300m)昇っていきます。その間は、雲ができていますので湿潤断熱減率に従います。
気温低下は100mにつき0.5℃ですからこの区間の気温低下は、同じように比例配分して求められ、3℃になります。
区間の初めの気温は、22℃だったので山頂での気温は19℃です。
 今度は、山を降りる場合です。普通は山を下り始めてすぐに気温が上がりますから、この時点で雲がなくなります。 その後雲の吸収が起こらないので、乾燥断熱減率と同じ割合で気温が上昇します。
高さの変化は−900mですから9℃気温が上昇します。
この区間の最初の気温は19℃ですから、山を降りきった空気の気温は28℃になります。

 これだけでは湿度の変化はわかりませんが、単純には次の方法を使います。 雲ができた温度(露点温度)は22℃なのでこの時の飽和水蒸気圧は、26.44hPa、25℃の飽和水蒸気圧は31.67hPaです。
(飽和水蒸気圧は、値の書かれている資料などを参照してください)
相対湿度は、2つを割り算して86.47%と求めることができます。
 同様に山越えした空気はどうなるでしょうか。この空気を再び上昇させると雲ができ始めるのは900mの高さです。 この時の気温が露点温度と考えて19℃。この温度での飽和水蒸気圧が21.97hPaです。 また、28℃の飽和水蒸気圧が37.80hPa。これから湿度は、58.13%になります。
※有効数字は4桁で計算していますが、実際にはここまでの精度はありません
ここまで 2016.07.25掲載

3-2 凝結高度
 フェ−ン現象での湿度変化を考えた方法では明らかな間違いが一つあります。雲ができた温度を露点温度としたことです。 空気を300mの高さまで持ち上げると空気は薄くなります。これに従って、中に含まれる水蒸気は薄くなっていきます。 300mの高さで飽和したとして、この高さの水蒸気圧を求めることができますが、0mではこれと逆の理由で違う値となります。 どうすれば正しいくなるのか考えてみます。
 300mの高さで水蒸気圧は26.44hPaだとして、0mではいくらになるかを考えます。 地表の気圧がわからないと計算できません。とりあえず1013.0hPaとします。 気圧は100mの上昇で12.7hPa下がっていきますから300mでは、974.9hPa(1013.0-12.7×3)になります。 この中に26.44hPaの水蒸気が含まれていたとして地上に降ろすと、同じ割合で気圧が上がります。 比例計算をして、(26.44×1013÷974.9=)27.47hPaが求められます。
 従って初めの湿度は、(27.47÷31.67)=86.73%と求められます。
 同様に、山を降りた空気の水蒸気圧は(21.97×1013.0÷(1013.0-12.7×9)=)24.76hPaで、湿度は65.51%になります。
 ついでに露点温度を求めてみます。 それぞれの飽和水蒸気圧からその値になる温度を探して、初めの空気は22.6℃、山を降りた空気は20.9℃になります。
 雲ができ始める高さを凝結高度といいます。また、気温と露点の差を湿数といいます。 先ほど求めた値を使って、凝結高度を湿数で割ってみることにします。ちなみに、高校問題集のやり方では100という値になります。
 はじめの空気の0mの高さでの湿数は、2.4℃(25-22.6)で、山を降りた空気は7.1℃(28-20.9)です。 それぞれの値で300と900を割って、125と126.8が求まります。 だいたい125前後ということで、凝結高度は、湿数を125倍することで求めることがあります。次の式になります。
 
 凝結高度 = 125 × ( 気温 − 露点温度 )
 
簡易的にはこの方法のほうが正確に求めることができます。

3-3 エマグラム
 凝結高度を求める式を使っても、温度や気圧が大きく変わると、温度変化の割合が変わってきます。 実際にやろうとうると、計算がものすごく複雑になってきます。そこで、全ての温度・気圧で変化ようすをグラフに表しておけば、 あとはこれをなぞるだけでできます。
 このようなグラフは、いろいろな種類のものが用意されていますが、いちばんよく使われるのがエマグラムです。 下のような図です(WikiPediaから転載しています)。
エマグラム

 横軸が気温、縦軸が気圧です。気圧の単位がkPaになっていますが数字を10倍するとhPaになります。 目盛り線が細実線で入っています。この図では気温の線は少し斜めになっています。 気圧と高さはだいたい関係しています。地表気圧が1000hPaとしたときの高度が、右側目盛りに書かれています。 同じ高度になるところがやや右下がりの細点線で書かれています。暖かい空気ほど軽いためです。 温位が同じ所を示しているということもできます。 太い実線が乾燥断熱による変化を示します。 太い破線は湿潤断熱による変化線です。大気を上下運動させたときは、この太い線のどちらかの線に沿って変化していきます。 もう一本、左に傾いた、細い点線は、等混合比線といって、空気全体の重さに対して水蒸気の重さの比率が同じになる所を結んだ線です。 数値は空気1kg中に水蒸気が何グラム含まれているかを示します。
 実際にこのグラフを使って、山越えの空気の温度変化を考えてみることにします。 条件は今までと同じです。エマグラムは必要な部分のみを切り出して使うことにします。 読み取るのに必要な線がないところは、前後の線から比例配分して求めることにします。 グラフは細かいので、必要な部分のみ拡大して示します。
エマグラム使用例  高さ0m、気温25℃の位置からスタートさせます。初めは乾燥断熱変化で温度が変わります。 0m25℃の所から空気を持ち上げたとします。太実線と平行に変化していきます。線を引きます(青細実線)。 また、300mの高度線もありませんから、引いてください(下の橙色細実線)。 300mまでの気温変化を太くなぞります(青太矢印)。 25℃の断熱変化線と300mの橙色線の交わった位置を使って、300mでの気温は21.6℃と読み取ることができます。
 ここから、湿潤断熱変化に従って大気を上昇させます。黒太破線に沿って線を引いてください(赤細実線)。 また、900mの高度線も引きます(上の橙細実線)。できたら、300mと900mの区間の湿潤断熱線を太くなぞります(赤太矢印)。 この線から、900mの高さでの温度は19.0℃と読み取れます。
 山を降りるときの気温変化は、30℃の乾燥断熱線に沿って下ろしていきます(青太右下がり矢印線)。 降りた空気の気温は28.5℃になります。
 次に湿度を求めます。初めの空気です。矢印のスタート地点の混合比を読み取ります。 20の右隣の線は30になっています。目盛り値の間隔に注意して読み取ってください。 この場合20.6と読み取れます。次に、雲ができ始めたところ(青矢印の先)での混合比を読み取ります(右緑細実線)。 17.2です。従って、最初の湿度は、83.5%(17.2÷20.6)です。 同様に山を降りた空気の湿度は、線(青太右下がり矢印線)の開始地点の混合比(16.0)と終了地点の混合比(27.0)から59.3%が求まります。

 ※この計算では考慮すべき事がありますが省略しています。実際には水蒸気の割合が変わることによって空気の重さが変わることです。 計算してみると、グラフから値を読み取る誤差の方が大きいので無視することができるためです。 詳しく見ていきますが読み飛ばしてもらって結構です。単に無視できるという説明ですから。
 山の斜面を昇り始めた空気を例にして考えます。問題になるのは、水蒸気の割合を求める基準が違うということです。 混合比は大気1kgに対して何グラムの水蒸気が含まれているかということに対して、水蒸気量は大気1㎥に対して何グラム含まれているかという求め方をしています。 体積あたりというのは、分子数に対する値と考えても同じです。
 斜面を昇る前を考えます。エマグラムで0m25℃の所を見ます。 この点の混合比の値はは20.6なので、水蒸気で飽和しているとすると、空気1kg中には、20.6gの水蒸気が含まれています。 分子数で考えるために、水蒸気をそれと同じ分子数の空気と入れ替えたとします。入れ替った空気の重さは33.2g(20.6×29.0÷18.0)です。 従って水蒸気を全て空気にしたとすると重さは、1012.6g(1000-20.6+33.2)になります。
 雲ができ始めた高さでの場合も同じように計算して、1010.5gと求めることができます。明らかに分子数が違うことが分かります。 これは、同じ重さのなのに、同圧力・温度に換算した体積が1.0021倍(1012.6÷1010.5)分の1になっていることを示しています。
 湿度を求めるためには、同じ体積(分子数)の空気で比較します。 飽和水蒸気量と比較するために、水蒸気量の値は混合比から求めた値を1.0021倍(1012.6÷1010.5)する必要があります。 この影響は有効数字の4桁目(先頭から4番目の数字)に出てきますから、有効数字3桁(3つしか数字を使っていない)の計算結果に影響しないことになります。
ただし、これはあくまでも混合比が小さい場合です。混合比が50を越えてくると有効数字の3桁目に影響が出てきます。 実際の読み取り精度と同じになるのならもっと大きな値でしょう。


3-4 フェーン現象は起こるのか
 春から夏にかけて南風が吹いたときには、太平洋側より日本海側の方が気温が上がることがよくあります。 その理由としてフェーン現象を考えるとうまく説明がつきます。 このようにしてみるとフェーン現象は実際に起こっているように思えます。 しかし詳しく考えてみると少し奇妙な点に気が付きます。その点についてみていくことにします。

(1) 暖かい空気は降りてくることができるのか  山の風上側と風下側で、空気は同じように層をなしていたと考えてみます。風が吹いていなければ当然、同じ高さでは同じ気温であったはずです。 そこで風が吹き始めます。山を越えた空気が降りてきます。その空気の気温はフェーン現象によって、始めにその付近にあった空気より暖かかったとします。 暖かい空気は軽いので、冷たい空気を押しのけて下に降りていくことはできません。 つまり風が吹いて暖かい空気がやってきても、地表付近の空気は冷たいままです。これでは、フェーン現象は起こりえません。
フェーン現象は起こらない  実際には、山を越えた時点ですでに、元々その高さにあった空気より暖かかったかも知れません(右図)。 その場合は山を降りてくることさえできないでしょう。大気は不安定になっています、さらに上昇していくでしょう。 (図では、温度の違いを見てもらうために同じ高さで横に流しています。)
 ひょっとすると、その高さでの温度が周りの空気より冷たいかも知れません。 それでも、フェーン現象が起こるということは、どこかの高さで周りの空気より暖かくなるところがあります。 そうなれば、そこより低い所に空気が降りていくことはできません。どう考えても初めの気温より暖かくなることはできません。
 空気が混じるのでしょうか。前線のでき方の説明では、混じらないことになっています。 この場合だけ混じるというわけにはいかないでしょう。
 フェーン現象が観測されるからこの考えは間違いだとするか、こういう風に考えられるからフェーン現象は間違いだと考えるのは人それぞれです。 ここでは、納得のいく説明を探してみることにします。
 風が吹く場合を考えてみます。扇風機のように空気が押されて風が吹くことがあります。 これに対して、掃除機のように空気が引っ張られて吹くこともあります。実際には両方同時に起こっているようです。引っ張られていると考えてみます。 それだと、風下側の空気がゆっくり吸い出されて、だんだんなくなっていきます。そうなると、山越えをした空気は、何もないところに降りてくることができるでしょう。 何とか説明がつきました。
 盆地ではどうでしょうか。空気が袋に詰められているのと同じです。吸い出されることはありません。 それでも、本当に少しずつですが、袋の口から空気が持って行かれるように、盆地の空気もなくなっていくでしょう。 そうして完全なくなってしまえば、フェーン現象が発生することになります。 でもこれでは、空気が完全に追い出され、フェーン現象が起こり始めるまでには相当な時間がかかりそうです。

(2) 風上側で雨が降っていない
 南風が吹き、最高気温を記録したとかいわれるときは、だいたいはフェーン現象で説明されます。 ところがこの時の天気分布を見ても、風上側でまとまった雨が降っていないことがよくあります。
 例を挙げてみてみることにします。2016年4月17日12時のアメダスによる西日本各地のようすをみてみます。 気象庁のウェブサイトから、アメダスデータの北陸・東海・近畿・中国・四国地方の地図表示を貼り合わせて作っています。

16年4月17日気温分布  右の図は気温の分布です。見やすいように色分けをしてみました(マウスを重ねると数値データを表示します)。
 気温は、鳥取から新潟にかけて日本海沿いの地域で軒並み25℃を超える赤色(夏日)になっています。 大阪府南部から瀬戸内海南岸地域にかけても気温が上昇しています。この地域も山脈の北側にあたります。
 これに対して太平洋側では、四万十市など高知県西部で気温の高いところが見られるものの、 だいたいは20℃前後の気温になっています。 (四万十市は日本最高気温(2016年8月現在 記録日は2013/8/12 41.0℃)を記録していてその原因がフェーン現象といわれています)
16年4月17日風分布  続いて、風に注目します。
 風向風速の図を右に示します。見てわかることを整理します。近畿から中部地方にかけて南寄りの風が吹いています。 特に紀淡海峡や北陸では強風(橙〜朱色矢印)になっているのがわかります。中国四国地方では、風はやや西寄りに変わってきているようです。

 南風が吹き、山地の北側で気温が上昇していることから、この日はフェーン現象が起こったとされています。
16年4月17日降水量分布  それでは、雨はどうでしょうか。降水量の分布を右に示します。降水量の違いによって色分けしてみました。 (マウスを重ねると数値データを表示します)
 時間雨量が10mmを越える地点は、紀伊半島で3ヵ所のほか、静岡や長野県で何カ所かあります。 どちらかというとほとんどが、2mm以下で、傘が必要になり始める程度の強さです。たくさん降っているとはいえないでしょう。
 潮岬付近で雨を降らせた空気が北上し、富山・石川付近の気温を上昇させているようにも見えます。 もっと考えると、雨域は一般的には西から東に移動します。雨域はもっと西側のものだったかも知れません。 実際に、室戸岬では夜が明けるまで雨が降っていました。 何とかフェーン現象が起こったと説明できそうです。念のために、天気図(気象庁発表のものです)を見ることにします。
16年4月17日天気図  新潟西部から潮岬にかけて寒冷前線が見られます。降雨量の図と見比べてみると、雨の降っている地域と、寒冷前線の位置とが重なることがわかります。 従って雨のほとんどは寒冷前線によるもので、山を昇る南風によってできたものはほとんどないことがわかります。 フェーン現象が起こるための条件の一つ、山を昇る空気が雨を降らすということが見られとはいえません。
 天気図で、前線で境界される2つの空気は別のものですが、それぞれの内部では空気の性質はそのはほぼ同じです。 従って、フェーン現象によって空気が暖められている北陸と、南風が山を登ろうとしているはずの四国南部は一連の空気といっていいでしょう。 潮岬で雨を降らせた空気が北陸にいってそこの気温を上昇させているのではないようです。
 ふつうは温暖前線と寒冷前線で囲まれた地域では強い南風が吹きフェーン現象が起こりやすいのですが、 この日は、寒冷前線通過後にも南風が継続し(等圧線が前線で折れ曲がっていない)、このときにフェーン現象が顕著になったようです

 山の風上側で雨がそれほど降っていないのに、フェーン現象とよく似たことが起こります。その原因は何なのでしょうか。 探っていくことにします。
 大気が安定な場合を考えてみます。このようなとき、上空の気温は地表付近よりは低くなっています。 この空気を地表まで下ろしてくると地表の付近の空気より気温が高くなります。一言で言えば、上空ほど温位が高いといいます。
乾いたフェーン  このような構造を持つ大気が南から押し寄せてきて山にぶつかったとします。 山より低い高さにある空気は山にブロックされてそれ以上進めなくなります。進めたとしても少しだけとします。 山より高い高さの空気はそのまま北上できます。山の風下側では、次第に上空にあった空気に置き換えられていくでしょう。 降りてくる空気は風上側地表付近の空気より温位が高いのですから、地表の高さにまで降りてくると前にあったものよりも気温が高くなります。
 このようにして起こるフェーン現象を「乾いたフェーン」ということがあります。 これに対して、山の風上側で雨が見られる場合は「湿ったフェーン」といいます。
 乾いたフェーンは、山の風上側で雨が降っていないようにみえます。 でも、地球規模で見ると雨が降っているともいえます。南からやってくる暖かい気団の発生源は低緯度地域にあります。 この地域では、太陽熱によって海面が暖められ、海水が盛んに蒸発します。 さらに、暖められたことによって上昇していき雲となり雨を降らせていきます。 上空では、雨粒ができることで、空気は暖められ、温位が高くなります。 これが日本列島にやってきて、日本海側地域で乾いたフェーンを起こしているのです。

(3) 冷たい風が降りてくる
 気圧配置が冬型になった時を考えてみます。北西の季節風が強まり、日本海側で大雪を降らせます。 その風が日本の脊梁山脈を越え太平洋側に達すると、山から冷たい乾燥した風を吹き下ろすようになります。 この風は、おろし(颪)といい、吹き下ろす山の名前をつけて六甲おろしとか赤城おろしとか呼ばれます。 山を降りてきたあと関東平野を吹き抜けるものが、からっかぜです。 山から冷たい風が降りてくるという点で、ボーラ現象と対比されることがあります。比べてみると、山の風上側で降雪が見られる点が特異です。
 気象条件を見ると、山の風上側で降水(降雪)があるのでフェーン現象が起こりそうです。 ところが、太平洋側は暖かくなりません。どうしてでしょうか。
おろし  冬の季節風に注目してみます。風の元が作られるのは、遠く離れたシベリアです。 非常に寒いところになります。ここで作られた風は、大変冷たいことになります。 これが大陸を吹き渡ってくるわけです。途中に通ってくるところは、シベリアほど寒くないでしょう。 地面付近からだんだん暖められていきます。地面付近の気温(温位)が上がっていきます。 できたときには上空のほうが温位が高くなっていてとしても、これが大陸を通り抜けた頃には、 上空の温位は地表付近とそれほど変わらないようになっているしょう。逆に、地表付近の方が暖かくなっているかも知れません。
 さらに風は日本海を吹き渡ってきます。暖かい海水に暖められ、水蒸気の補給を受けます。温位は上がり、大気は不安定になっていきます。 これが日本の脊梁山脈にぶつかると、斜面を昇っていき雪を降らせます。 上昇した空気は、雪粒の発生によって潜熱を供給され、温位が上がっていきます。 山を越えるころには周囲の空気より暖かくなりさらに上昇を続けていきます。 同時に、大陸からやってきた上空の冷たい空気と入れ替わります。この空気が山の斜面を降りてきて、冷たい乾燥した風となるのです。 乾いたフェーンの解説図と同じようですが、こちらの図は左側が北になっている点に注意してください。
 太平洋側が寒いと言っても、この時期の気温を比べてみると、日本海側の方が寒いことが多いようです。 暖かいと感じないだけで、実際にはフェーン現象が起こっているといっていいのかも知れません。

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2016.07.25 2節まで掲載
2016.09.12  残りを掲載





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