ヨッシンと地学の散歩 > 旅行記
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2014/03/02-04 三原・今治


01 3/2 三原へ

 2013年度は、有給休暇がたくさん残ってしまいました。使わないことには、全て無効ということになります。3月の間に何とか使おうと旅行の計画を立てました。それでも使える休暇はわずかです。残る方がたくさんあります。
 とりあえず行き先としては、瀬戸内海芸予瀬戸を挟んで大久野島・瀬戸内東予と休暇村が2つあります。ここを拠点としてルートを考えました。北側の忠海から大久野島に渡り、大三島からしまなみ海道に入って今治に抜けるコースです。

02 3/2 三原東町山手

 駅で入手した散策マップを見ながら歩いて行きます。町の東側、山の麓にはお寺が集まっているところがあります。そこをめざしていきます。船入櫓の東となりにあるショッピングセンターにはトスコのレンガ遺跡というのがあると書かれています。探したけれども見つけられなかったようです。
 そのまま東に進み、旭町の漁港にでます。たこつぼがいっぱいあると書かれています。たこつぼはたくさんあったのですが、イメージしていたものと違っていたようです。写真には写していません。この近くでは見どころがいくつか書かれていますが、どれも写真には残っていません。

03 3/2 三原 東町から駅へ

 松寿寺の北側にもいくつかお寺があります。どこもかもと寄っていると時間が無くなってきます。この付近はこれくらいでという事で、途中にあるものを見ながら、西の方にある駅の方に向かうことにします。
 松寿寺から石段を降りた横にあるのが専福寺です。こちら側が正面ではありませんから、表に回ります。そこから見えた山門です。

04 3/2 三原 旧西国街道

 三原駅の北側まで戻ってきました。ここからみて北西から西側の山沿いにもお寺がたくさん集まっているところがあります。広い範囲に散らばっています、主だったものをまわってもかなり時間がかかりそうです。山際まで行かずに、町の中を通っている西国街道に沿って西側に向かうことにします。
 天守台の北側を通りぬけます。堀の向こうに石垣が見えます。

05 3/2 三原西町

 だいぶ町の西外れまでやってきています。街道沿いに、順勝寺というお寺があります。ここの山門も移築されたもので、元々は三原城作事奉行所の門だったそうです。奧にもう一つ小さな門があります。奧の方が立派なので、これが奉行所にあったものなのかも。入口の門から奧を写しています。

06 3/2 三原市街から安芸幸崎へ

 城下町の外れまできたようなので、引き返すことにします。同じ道を通るというのも芸がないので、下町通りを通り、途中から線路をくぐって南側に抜け、西浜むかし町に行ってから駅に戻ることにします。
 パンフレットにはむかし町での見どころが書かれているのですが、その場所が見つけられていません。原田眼科というのだけ何枚か写真に撮っています。パンフにはレトロな洋館と書かれています。

07 3/2 三原安芸幸崎

 幸崎神社の石段を降りたところから本通りがあり、これに沿って幸崎の町並みが続いています。歩いていると、民家の前に置物がありました。丸い石に直接絵を描いたように見ます。うさぎなのでしょうか猫なのでしょうか。使わなくなった石臼の上に鎮座しています。

08 3/2 竹原市 町並み保存地区旧笠井邸

 安芸幸崎から竹原に向かいます。大久野島に渡る船が出る忠海はいったん通り過ごします。竹原の駅に着いたら、観光案内所で町並み保存地区についての資料を入手します。弥生の節句間近ということもあって、いくつかの建物で雛飾をだして、雛巡りができるようになっています。いくつかの有料施設を巡る周遊パックもあります。雛飾ばかりたくさん見てもどうなのかなということでこれはパスです。

09 3/2 竹原町並み保存地区 本町通り

 竹原の町並みを歩いているときは、なぜか、山側にあるお寺を全く意識していませんでした。中心街から少し山に登ったところに立派なお寺が3ヵ所ほどあったようです。時間がなかったというわけでもなさそうです。どちらかというと、町並みばかりに集中していたようです。
 西方寺への登り口に大きな建物があります。通り側の入口横には初代郵便局跡と書かれています。跡というのはここにあったという意味で使うことがい多いのですがそういう意味ではなさそうです。建物の名称は上吉井邸となっています。

10 3/2 竹原町並み保存地区 中の小路・阿波屋小路

 本町通りの端まで来ました。ここの道の真ん中に胡堂が立てられています。この付近では塩田業で栄えたようで、その守り神として立てられたようです。恥ずかしい話ですが、この字が読めませんでした。「えびすどう」でした。商売繁盛なら意味がわかります。

11 3/2 大久野島南部

 大久野島に行ってもいいのではという時間になっています。竹原からJR呉線を引き返し忠海まで戻ります。駅を降りて三原の方に歩き、線路を渡って少し引き返すように進むと船着き場に着きます。乗船券を買って船を待ちます。あまり人は待っていなかったような。フェリーはすぐにきて乗船します。大久野島はすぐ先に見えていますから、乗船時間はわずかです。

12 3/2 大久野島 うさぎ

 大久野島はうさぎが多く、「うさぎ島」で通じる事もあります。2014年に行ったときは単に知らなかっただけのか、行ってはじめでうさぎの多さにびっくりしました。うさぎの島として有名になったのは、行った2〜3年後だったような気がします。
 ということで、うさぎを出さずには済まされないでしょう。暗くなってから写したものもあり、ぶれていたりとかであまり良いものはありませんが、一気にアップします。

13 3/3 大久野島山頂

 大久野島の朝です。天気がいいので、予定どおり島の北部を回ることにします。北端に行くには西海岸、真ん中の山頂部、東海岸を通る3コースがあります。往復するには2つしかいけませんから、どれか通らないコースを選ばないといけません。西海岸は運動施設が並んでいますからここをパスにします。空が明るくなりはじめてから歩き出しています。

14 3/3 大久野島北部

 北側の岬に向かって山道を降りています。だいぶ降りきってもう少しで海岸というところの林の中が開けています。周囲は石組みでかこまれています。この付近は、北部砲台跡となっています。山頂付近にあった中部砲台とセットでこの付近を通る敵艦隊の迎撃のために作られたものです。
 一段高くなったところに、砲台が置かれた跡があります。

15 3/3 大久野島東部から南部へ

 火薬庫跡から島の西海岸沿いの道に戻って南下していきます。海岸沿いといっても、林の中に道が続いています。坂を降りきるとやっと海岸にでました。そこから、やはり奥まったところに発電所跡というのがありました。こちらは第二次世界大戦の時に使われていたものです。

16 3/3 今治城へ

 フェリーで大三島の盛港に渡りました。降りたところからの公共交通機関がないというのはわかっていましたが、何とかなるだろうと高をくくっていました。ついてみるとほとんど何もありません。ほとんどの人は車で迎えに来てもらっていました。タクシーを呼んでいた人もいなかったようです。
 しかたがないので、歩いて行くことにします。一番近いバス停まで1時間くらいはかかりそうです。歩き始めてしばらくして見えた多々羅大橋です。

17 3/3 今治城

 解説を読むと、藤堂高虎はここに5層の天守を作ったものの伊賀に転封となり、同時に解体移築されたようです。その後はこの地には天守が作られなかったと書かれています。現在の天守閣は、本丸北隅櫓のあったところに作られた模擬天守です。
 観覧券を購入して中に入ります。観覧券は、山里櫓・御金櫓・鉄御門殿共通券になっています。山里櫓はさっき通ってきています。

18 3/3 今治 南光坊

 城をでから、いったん駅に向かっています。観光情報を入手するのと、バスはここからの方が連絡がよさそうだったからです。宿の予定の休暇村は西条・新居浜方面のバスに乗ることになります。
 まだ時間は早いので、途中なにか観光できそうなところがないか調べてみると、綱敷天満宮で梅が咲いているとのことです。ここに行くのは決定です。でも、バスの発車時刻まではだいぶあります。駅近くでなにないかと探してみると、四国巡礼の55番札所の南光坊があります。観光案内所で道順を確認してよってみました。

19 3/3 今治市 古国分神社

 今治駅からバスで、綱敷天満宮に向かいます。駅にあった観光案内図からは、西条・新居浜方面に行くバスに乗り、今治東高校前で下車、ここから南東方向に歩いて行けばよいと読み取りました。
 今治東高校前から、適当に道をジグザグに取り歩いて行くと、梅の花がたくさん咲いているところが見えてきました。目的の場所に到着と思いそちらに歩いて行きました。

20 3/3 今治市綱敷天満神社

 梅が咲いていた神社を出てから、海を見ようとそれらしい方向に歩いて行きました。海岸の松林のようなところに到着すると、そこに綱敷天満宮への矢印が書かれていました。やってきたのと別の方向でした。となると、今の神社は何だったのということになりますが、帰ってから調べることにしました。
 書かれているとおりに進むと大きな鳥居が見えてきました。

21 3/3-4 休暇村瀬戸内東予

 網敷天満神社からバス道に出てバス停を探します。反対行きのバス停は見つけたのですが、肝心な方向のバス停が近くには見当たりません。探し回っていると、バスがやってきて通り過ぎてしまいました。その先の信号で止められたので、追いついて聞いたのですが、乗せてくれずにいってしまいました。
 次のバスは1時間後です。待っているより歩いた方が早く着きそうなので、歩いて行くことにしました。今日一日無駄にたくさん歩いています。

22 3/4 今治市 桜井海岸

 休暇村の本館のある山の上から降りてきて海岸にでています、このあたりには休暇村のキャンプ場があります。この海岸に沿って北側に歩いて行くことにしました。
 海岸から遠くを通る船の形が何か変です。船の元々の形ははっきりしませんが、なんとなく、水平線と船との間に隙間があるように見えます。蜃気楼なのでしょう。

23 3/4 西条市龍神社

 大崎鼻から少し引き返したところから山に登っていく道があります。この道を進んでいくと宿舎に戻れるようなので登っていきました。
 途中に龍神社と書かれた分岐があります。そこを進んで行くとお社の裏手にでます。正面側にまわって見たお社です。弊が下げられているのでお社と思っただけです。なければ何だと思ったのでしょうか。向拝っぽい庇はありますが。

24 3/4 西条市アクアルート1 観音水

 昨日は歩きすぎたこともあり、宿から駅まで送ってもらいました。他のに一緒になった旅行者はいませんでした。送り先は壬生川駅です。宿の人はへんぴなところと言っていましたが、駅まで行けるのならそれでじゅうぶんです。
 壬生川駅から伊予西条駅まで移動します。駅に着いて観光案内を見ていると、この地域には「うちぬき」というのがあるということが書かれていました。何事かわからなかったのですが、なにか気になります。パンフレット「わく湧くMAP」にうちぬきを巡るコースが書かれています。これを参考にぐるっと回ってみることにしました。

25 3/4 西条市アクアルート2 森町側

 西条水めぐりマップをみると、文化会館前から西条高校までの新町川をアクアトピア水系と呼んでいるようです。この川に沿って下っていきます。
 文化会館から水舞台(親水公園)を過ぎたところにある橋の上から見た新町川です。水がきれいです、キショウブの花が咲いているのが見えます。左側から奧にある橋を通って川沿いに歩いて行く遊歩道があるようです。これに沿ってくだっていきます。

26 3/4 西条市アクアルート3

 西条高校を通り過ぎてから、そのまままっすぐ河口近くまで行きます。幅が広くなった川にせり出すように道がつけられ、その先に小屋のようなものが建てられています。なにかをお祀りしているようで、石灯籠や千羽鶴も見えます。このあたりに弘法水というのがあるというのでのぞいてみました。

27 3/4 新居浜市マイントピア

 新居浜に向かいました。ここので目的地は別子銅山です。マイントピア別子というところで関連施設が見られるようです。駅からバスで20分のところにあります。
 マイントピア別子は選鉱場の跡地にあるレンガ造りの建物です。当時のものそのままなのか復元したものなのかは、不明です。中は土産物屋さんなのでパスです。ここから坑道が見学できるということなのでいってみました。マイントピア別子の建物の横から観光トロッコで行くということですが、途中の景色も見たいので歩いて行きました。端出場坑道の入口です。

28 3/4 新居浜市別子ライン

 マイントピアの駐車場まで戻ってきています。ここまで来たわりにはなにか物足りません。思ったほど鉱山関係の施設がみられていません。別子銅山は、もう一つ東平というところにも関連施設があるようです。駐車場から、そこに行くバスがあるようですが、いけていません。時間が合わなかったのか、行った日は休みだったのかはっきりしません。

29 3/4 新居浜市 えんとつ山

 ついたところは、別子銅山でとれた鉱石を製錬する施設があったところです。メインの施設は銅山記念館のある所かな。銅山記念館に入るには、道路から神社の石段を上がっていきます。この神社が大山積神社です。天照大神の兄にあたる大山積の神を祀っています。大三島にあった大山祇神社と同じです。大山積神社は、鉱山の安全祈願で設けられていることが多いようです。

30    余談など

 新居浜を最後にして、大阪まで帰ってきました。で終わるはずなのですが、この部分はどうしたのかが全くわかっていません。
 新居浜の山根公園でえんとつ山を写した時刻ははっきりしています。その後、バスに乗車した時刻もこれからだいたいの見当はつきます。現在(2022年)のバス時刻と同じとおもわれます。新居浜駅に着いた時刻も見当がつきます。



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