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最果ての島へ 2017/2/22-26


01 出発まで

 次の旅行の行き先を考えながら、旅行会社から送られてくるパンフレットを見ていると、波照間島と与那国島の両方をまわる3泊4日のツアーが載っていました。自分で組む旅行は行き詰まっていたところなので、これに乗れるのなら乗りたいと思いました。例によって、星を見ることも、目的の中にあります。与那国島では星も見られるようです。そのために、日程は限られてきます。条件に合いそうなのは、2月26日出発のものだけです。これでも26日が新月なので、もう少し早い方がよさそうです。これでも、最終日が三日月なので何とかなるでしょう。

02 2/22 石垣島へ

 22日の朝は予定通りに出発し、駅に向かいます。何事もなく順調にいけたので、予定よりだいぶ早くつきました。それでも、受付が始まったくらいの時間です。ここで、添乗員さんからの説明があります。遠くの場合、最寄りの空港からの付き添いばかりでした。大阪からとは珍しいです。搭乗券をなくさないように、ここでは那覇までの分が渡されます。

03 2/22 竹富島へ

 石垣空港から石垣港離島ターミナルまでバスで移動します。バス内は、一応指定席となっていますが、人数が少ないので、前5列で埋まってしまいます。空いている後方の席は自由に使ってよいというルールになりました。移動してもよいといっても今日のバス移動は、空港と港の間、港から宿までの短距離です。一応指定席に座ったものの、窓枠のある席だったので、後方に移動させてもらいました。

04 2/22 竹富島 水牛車

 竹富島は2回目です。前回は、港から町を素通りして反対側にある浜までレンタサイクルでまっすぐ突っ切りました。島の中心部に集落らしきものはあったのは記憶していますが、どんなのであったのかははっきりとはしていません。沖縄の地方の集落の持つ雰囲気と被さっています。

05 2/22 竹富島中心部

 水牛車観光の開始場所からちょっと外に出たところの風景です。サンゴで作られた石垣が印象的です。台風の暴風よけに石垣を組むというのはいろいろなところで見ています。材料にする石が少なく簡単に手に入るサンゴを利用しているようです。

06 2/22 竹富港

 水牛車乗り場から、再び港までマイクロバスで送ってもらいます。我々ツアーメンバー専用だったみたいで、先に並んでいた人たちが乗り込もうとするのを係の人が制止していました。並んでいた人よりも先に送ってもらいました。といっても建物の中でずっと待っていましたし、出発時間はそんなに変わらなかったようです。

07 2/22 石垣港

 石垣島に近づいたところで、左側から別の高速船がやってくるのが見えます。この方向にある島としては、小浜島か鳩間島があります。そちらの方からきたものでしょうか。だんだん近づいてきてぶつかりそうになってきます。ふつうは、どちらかが速度を落としたり進路を変えてもいいような距離になっています。どちらも譲る気配はありません。この先どうなるのか心配になってきます。

08 2/22 石垣島観音崎

 部屋に入って設備を点検します。扉類は解放されていてどこに何があるかわかるようになっています。全て閉めてしまった後で、冷蔵庫がどこにあったのかわからなくなっています。中に自由にお飲みくださいという飲料水が入っています。ここに入っているのかなという場所はあるのですが、その扉の開け方がわかりません。最悪、この後添乗員さんから部屋の状態の確認の電話がかかってくるので聞くことができます。色々やっている内に電話より早く扉の開け方がわかりました。

09 2/22 石垣島唐人墓

 観音崎側は一周したみたいなので、ここにきた目的であった唐人墓に向かいます。道路の方に戻ります。宿から来るまでの間に入り口らしきものがありましたが、いけるかどうかははっきりしません。宿に戻るときにバスの窓からは、ここから市街側で山側に向かって唐人墓と書かれた標識がありました。この標識の所まで行って、そこから入っていくことにします。道路を市街の方に進み少し行ったところに標識はあります。ここから山側に入って、階段を上ったら、休憩舎が見えてきます。中国風といった感じに作られています。

10 2/22 石垣島フサキビーチ

 いったん出た浜の先に宿があります。このまま浜沿いに帰っても宿に戻れる保証はありません。最悪ここまで戻らないといけにということが起こります。海岸を見たいので、このまま浜沿いに帰っていくことにします。
 浜は、サンゴのかけらがたまっているところよりわずかに低い所に波が打ち寄せています。サンゴ片の多いところが満潮時の波打ち際なので、今は満潮より少し潮の引いた状態です。海の色は曇っているせいか、どんよりしています。海の色ももう一つです。

11 2/23 石垣島から西表島

 この宿は連泊になります。2日目にアメニティの交換が必要なければ、買い物券がもらえるようです。アメニティは余分についていたので、交換してもらう必要がありません。交換の必要がない旨申告して買い物券をもらい、それを使って売店で土産物を買いました。後はぶらぶらっと周辺を歩いた後、部屋に戻ります。星が見られるような空ではありませんから、他にすることはありません。風呂に入って寝ることにします。

12 2/23 西表島 仲間川遊覧

 仲間川沿いにはマングローブ林が発達しています。町のあるところからすでにできていましたが、町を過ぎると林は本格的になってきます。マングローブは、川沿いや海岸沿いの浅いところに生えるのが特長です。あまり流れがなく泥質の土に生えるようです。川岸は林の中にあってどこなのかはっきりしません。川から見ると、ぎりぎりいっぱいまで、マングローブが生えているように見えます。

13 2/23 西表島 仲間川サキシマスオウノキ

 仲間川の遊覧はどこまで連れて行ってくれるのかわかっていません。どうもこの先に、西表島一のサキシマスオウノキがあるところがあって、そこを見たら引き返してくるようです。木の近くに船着き場があります。ここでいったん下船して、木のあるところまで歩いて行くようにいわれます。船を下りたところからみた、仲間川下流側です。川岸いっぱいに樹木が被さっているようすがわかります。

14 2/23 西表島 大原から由布島へ

 遊覧船を下りたら、バス乗り場の方に向かいます。添乗員さんはさっさと行きますので、ついていくのが大変です。このあたりから見える景色も気になります。船の中はずっとビニールの中だったのでぼやけたものしか見えていませんでした。くっきりとした眺めをゆっくり見たいものです。何とか海の方を見て撮ったものです。相変わらす、向こう岸近くの水は濁っています。そういえば、船に乗っているときに川の水が濁っているかまでは、よく見ていませんでした。どちらかというと、船に乗ったらそういうことは忘れていました。

15 2/23 由布島 1

 水牛車には水牛に指示を出す人がいっしょにのります。馭者といっていいのでしょうか。途中で、いろいろな解説をしてくれるほか、三線の弾き語りも聴かせてもらえます。これは、竹富島でも同じでした。
 私たちの乗った水牛車は、途中何事もなく順調に由布島まで運んでくれました。下りた後、振り返って見た西表島側の水牛車乗り場付近です。何台か動き出そうとしている水牛車はありますが、わたっているものは見当たりません。時間を決めて一斉にわたっているようにみえます。

16 2/23 由布島 2

 食事が終わると島内自由散策になります。次の集合場所の指示は、島に着いたときにもらっています。雨が時々降ってきます。このまま建物の中にいてもしかたがないので、傘をさしながらぶらぶらと歩いてみることにします。
 ものすごく目立つ看板の所に来ました。由布島小中学校の門が残っています。昔はこの島には多くの島民が住んでいました。1969年の台風の影響で全島民が西表島にうつりすむようになり、そのために閉校になったようです。

17 2/23 由布島から石垣島

 広い景色が見たいので、できれば浜の方に行ってみたいです。いままで水牛車降り場とマンタ浜以外は海に近寄れる道がありません。海の方にぬけそうな道を選びながら進んでも、ほとんどが立ち入り禁止です。ようやく1本だけ海に続く道を見つけました。この道を通って浜につきます。ここも入り口までで、浜全体へは立ち入り禁止の看板があります。
 ここから対岸に西表島が見えます。間には州浜があり、この付近の海は全体的に浅いように見えます。

18 2/23 石垣島鍾乳洞1

 石垣島に戻ったら、石垣島鍾乳洞の観光が待っています。この鍾乳洞の近くにはいくつか観光鍾乳洞があるみたいです。石垣島鍾乳洞にいきます。ここも前回来た時はなかったようです。バスで移動です。バスがくるまでしばらく時間があるみたいなので、待合室で待機です。壁に掛かっていた八重山諸島の航空写真を眺めていたら、いつの間にかみんな集まっていました。呼ばれるまで気がつきませんでした。
 バスに乗ってから、それほどかからずに鍾乳洞につきました。この先が入口のようです。少し雨が降っているので傘をさしていきます。

19 2/23 石垣島鍾乳洞2

 ゆっくりと、写真を撮りながら進んできたので、他のツアーメンバーから置いて行かれた感じになっています。うまく写真が撮れないと悩んでいる1組だけが残っています。それもしばらくするとあきらめたのか先に行ってしまいました。後方からやってくる人もいません。洞内は占有状態見たいになっています。時間はじゅうぶんありますのでこのペースで進むことにします。

20 2/23 石垣島 フサキビーチ

 宿に着いたものの、夕食までまだ1時間以上あります。そのあたりを、歩いてみることにします。昨日は、宿の南側に行きましたから、今日は北側に行くことにします。名蔵アンパルというラムサール条約登録の湿地があります。行ってみたいのですが、ちょっと離れすぎです。行くには自転車か何か必要です。これはあきらめます。とりあえず浜に沿って北上することにします。

21 2/23 石垣島 フサキ 花

 宿の敷地内には、いろいろな花が植えられています。朝に花を解説してくれる見学会もあるようです。ただし、その時間帯は、ツアーでどこかをめぐっています。参加はできません。とりあえず、一通りまわって何があるかをみていくことにします。いくつかの木には名札がつけられていて、名前のわかるものもがたくさんあります。今咲いている花の名前を知りたいのですが、それには解説が付けられているものは少なかったようです。このあたりでは普通の花なのかも知れません、

22 2/24 石垣島 朝のフサキ

 3日目の朝です。今日の朝食は6時半からで、出発が9時15分です。朝はゆっくりできます。その間に何をするかが問題です。昨晩、ガジュマルかアコウの木かよくわからない木の近くで、クイナを見ました。しばらくそこでじっとしていたのですが、出てきませんでした。少なくとも、この近くにいることは間違いありません。出てこないかじっと粘ってみることにします。初めは、朝食を遅らせてその前に行こうかと考えました。よく考えてみると、6時半は日の出前でまだ真っ暗です。食事が終わる前くらいから明るくなり始めます。食事を早めに終わらせて、それからクイナを探すことにします。

23 2/24 石垣島 川平湾へ

 今日の予定です。この後川平湾に行ってグラスボートに乗り、石垣空港から与那国島に渡ります。与那国島では、バスによる島内観光が待っています。
 宿を出た後は、戻ってきませんから、荷物はバスに積んでいくことになります。トランクに入れたら、席に着きます。今日は左側です。バスが走り出してすぐに、名蔵アンパルの横を通過します。残年ながら肝心の場所は反対側です。川平湾から空港へ同じ道を戻ってくる事を期待します。いちおうこちら側からもマングローブ林の片鱗は見ることができます。ここはヤエヤマヒルギが多いようです。

24 2/24 石垣島 川平湾グラスボート

 グラスボートは、船底がガラス貼りになっていて、海底にあるものが見える様になっています。ここのグラスボートは、前回に来たときにも乗っています。30年ぶりです。
 船長さんの説明によると、今は潮が引き始めていて、川の水が運ばれてくるので、湾内の透明度はよくないそうです。ちょっと残念です。
 船が動き始めて最初は、砂底だったのですが、時々岩の様なサンゴが見える様になってきます。大きなものが見える場所まで来たら、船の速度を落としてくれます。これは、表面に幾何学的な模様のあるサンゴです。かなり大きな塊です。名前を教えてくれたのですが、完全に右から左です。

25 2/24 石垣島 川平湾

 再び、船の速度が遅くなりました。だいぶリーフに近づいたようです。波が打ちつけているようすがすぐ目の前で見えます。海底も見やすくなってきたことなので、再び海中の観察に入ります。
 海底は一時深くなっていたのですが、再び浅くなっています。サンゴが密集しているのではなく、大きな滑らかな岩があって所々にサンゴが散らばってついているようです。シャコ貝もいました。大きく口を開けています。

26 2/24 石垣島 川平湾から空港へ

 川平湾の観光が終わって、次は与那国島に向かうために石垣空港にいきます。途中で弁当の受け取りに寄るところがあるようです。バスは来た道をひきかえすと思っていたのですが、島の北側を走る道を東に向かって進みます。これだと、島を一周する感じになります。通ると思っていた名蔵アンプルへは戻らないようです。残念ですが、違った景色を楽しむことにします。

27 2/24 与那国島へ

 石垣空港に向かうバスの車内で、昼食弁当を受け取ります。空港に着いたら、トランクに預けた荷物を受け取って空港ロビーに行きます。ここで添乗員さんから搭乗券を受け取ったら、しばらく自由行動になります。搭乗券には、黄色い紙が貼られています。非常口座席の注意です。那覇から来るときに貼られていたのはこれのコピーだったようです。再び非常口の座席です。

28 2/24 与那国島 東崎へ

 バスの座席は石垣島に引き続いて左側です。これからの観光コースは。島北部にある空港から島内を時計回りに一周するようです。再び海側の景色を見ることになります。
 バスは空港を出たあとは、東に進んですぐに今日泊まる予定の宿の前を通過します。製糖工場とか発電所前を過ぎて、すぐに粗納(そない)の集落です。漁港にでて、いったん港内を止まらずに時計回りに一周します。

29 2/24 与那国島 東崎

 沖縄では東を「あがり」といいます。太陽が上がってくる方向という意味です。大東島をうふあがりということがあるのもこのためです。この岬も「あがりざき」と読みます。ちなみに「あがり」の反対は「いり」になります。
 東崎の駐車場に到着しました。ここからは、東崎の灯台はだいぶ向こうに見えています。歩いて行かないといけませんが、風が強く小雨も降っています。行くのがだいぶためらわれます。

30 2/24 与那国島 軍艦岩立神岩

 サンニヌ台へは、東崎の駐車場からバスで移動です。距離はそれほどありません。
 ここからは、軍艦のような形をした岩礁が見えます。軍艦岩といいます。上がってきた潜水艦のようにも見えました。岩肌には、地層が作る模様がきれいに見えています。地層に沿って岩石がはぎ取られているようすもよくわかります。ここの岩石は地層面に沿って割れやすい性質があるようです。

31 2/24 与那国島 比川

 立神岩展望ポイントから先は、しばらくの間、山の中を通ります。島東部の山とかが見えていましたが、反対側の窓の景色なので写真には取れていません。山をぬけたところで町と浜が見えてきます。比川の町に到着です。島の南部にあたります。これで島を半周したことになります。このあたりも昨年の台風の被害が大きかったようで、壊れた家がまだそのまま残っています。

32 2/24 与那国島 比川から西崎へ

 比川を後にして、与那国島南部を西に向かいます。次の目的地は西崎になります。比川の町をぬけたところに墓地があります。10〜20墓程度のこぢんまりした墓地です。バスの運転手さんはここに霊柩車があるといいます。普通に見かけるような形のものは見当たりません。棺を運ぶ事ができるもので目についたのはこれだけです。これのことをいっていたのでしょうか。探すのに必死で、他にあった説明は何だったのか耳に入りませんでした。

33 2/24 与那国島 西崎(いりざき)

 西崎の駐車場に到着です。駐車場からは、灯台と東屋風展望所がみえます。どちらも日本最西端にあるものです。公共駐車場も日本最西端にあるものかな。駐車場から灯台までは歩いて行くことになります。雨は降っていませんから、傘は必要ないのですが、風は強く吹き飛ばされそうになります。東崎ほど遠くないし、雨風もましなので何とかいけそうです。

34 2/24 与那国島 粗納(そない)へ

 宿に着いたものの、夕食まではまだまだ時間があります。時間つぶしに散歩に出ることにします。添乗員さんから、部屋に異常がないかということと、夕日を見に行くかということの確認の電話がかかってくるので、それまで部屋で待機です。電話で異常なしということ、夕日を見に行くと報告したら、ようやく解放です。
 散歩の行き先はだいぶ離れていますが、粗納の集落の方に行くことにします。できたら海が見たいです。外は相変わらず強い風が吹いています。雨もぱらぱらとしてきました。傘を持っていこうか迷ったのですが、それほどひどくないのでそのまま行きます。

35 2/24 与那国島 粗納・久部良

 浜と町の間に堤防があります。浜の反対側にも堤防を越えられるところがあって、そこから堤防の内側を通って町に出ます。道路に出たところで、すぐ右側に赤い建物があります。バスでの島内一周ではこの前を通っています。そのときにあった説明では、この建物の中でもドラマの撮影がおこなわれていたそうです。観光パンフにはこのあたりに民俗資料館があると書かれています。このたてもののことでしょうか。中には入れそうにありません。

36 2/25 与那国島 再び久部良へ

 ツアー最終日の朝になりました。まだまだ外は薄暗いようです。曇っている上に、日の出までまだまだあります。この後宿出発までの予定です。7時朝食、8時20分集合となっています。朝食が終わりかけた頃に日の出となります。朝食が終わった後、しばらくすることがありません。窓から景色を見ていると、昨日歩いて行った方に行く人がいます。どうしようか迷っていたのですが、これを見ていくことに決めました。行き先は、昨日いっていない空港の方にします。

37 2/25 与那国島南海岸

 新川鼻までは、デッキのようなところで景色を見ながらの海上遊覧になります。地層の説明をしてくれているようなのですが、聞き取れません。だいたいのことはわかるので、見た範囲、聞こえた範囲でわかることを書いていくことにします。
 西崎近辺です。きれいな地層が見えています。案内では八重山層群とかいっていたようです。

38 2/25 与那国島海底遺跡

 新川鼻沖に到着です。与那国島海底遺跡は、この近くにあるそうです。前知識では、海底に人工的っぽい台地上の地形があって、その上に、階段とか石垣といった人の手が加わってような形のものもあるようです。いちおう、地図というか遺跡の見取り図のようなものは目の前にあります。
 ここから見える地層は八重山層群になります。層理のはっきりしているところとあまり目立たないところがあるようです。比川近くと比べて傾斜はちょっと緩くなっているようです。南に10度くらいでしょうか。

39 2/25 与那国島 新川鼻から久部良

 見学が終わって、ほとんどの人がさっさと上のデッキにあがっていきます。気分が悪くなっていたのをだいぶ我慢していたようです。窓の外には泡以外のものは見えません。景色を見る方がいいので上がっていくことにしました。デッキに戻って後方を見ると、新川鼻がかなり遠くに離れて見えます。見学が終わったら久部良港に急いで戻っているようです。心なしか船足が速くなっているような気がします。景色を見たら気分の悪いのが飛んでしまいました。

40 2/25 与那国島 久部良バリ・ダンヌ浜

 夕日が見える丘より、200mほど東側に久部良バリというのがあります。大地の裂け目のといえるほど大きな溝がありす。断層でできたといわれています。そのあたりはどうなのか知りたいところです。
 近くで見ると、幅2m長さ20m深さ5mほどの溝です。両端は土で埋まっていてとずっと奥まで続いているのかどうかかっきりしません。

41 2/25 与那国島 久部良漁港

 ダンヌ浜から再び久部良港の方に戻ります。久部良港の手前で見えた郵便局です。日本で一番西の端にある郵便局です。実はここの前は何回か通っています。小さな建物なのですぐに通りぬけてしまいなかなか見つけることはできませんでした。この直前に看板を見つけ、その後に信号待ちをしているときに写したものです。郵便局にあるオレンジ色看板が目印です。

42 2/25 与那国島から石垣島

 空港に着いたら、バスから荷物を下ろし、運転手さんとお別れをいってターミナルに入ります。中で添乗員さんから石垣空港までの搭乗券をもらって、荷物を預け出発を待ちます。搭乗券には、オレンジ色の紙が貼られています。またもや、非常口の席です。
 これから気になるのが夕食をどうするかです。お土産物屋さんがあって、手作り風のクバもちが売られています。夕食になるものがなかったときのために、買っておくことにします。クバとはシュロのことで、これで包んであるのでクバもちというようです。

43 2/25 石垣島から大阪

 あきらめて空港ロビーで待っていると、那覇便の遅れの放送が入ってきます。他社の1つ前の便は、30分遅れで到着、20分遅れで出発の予定となります。那覇空港で、飛行機の発着が多くなりすぎたためです。我々の乗る予定の便も15分遅れになりそうだということです。
 15分程度なら、那覇での乗り継ぎ便は待ってくれるだろうし、乗り継ぎ待ちで出発が遅れた経験は何回もあります。那覇が混んでいるのなら、その後の飛行機も遅れることだってあります。くるときに那覇空港で搭乗券を配り忘れていた団体のために出発が遅れました。乗るのが確実なら待ってくれるだろうと気楽に構えていました。

44   感想・余談など その1/2

<ツアーについて>
 八重山諸島に来るのに、A社のツアーとB社のツアーのどちらに参加するかで1時迷いました。その結果がどうだったのでしょうか。
 B社にして、日程が4日早くなりました。4日遅くしたことで、行けなかった波照間島に行けたかというとたぶんだめだったでしょう。八重山の天気予報は、26日にいったん回復するものの、その後は再び悪くなるというものでした。どちらかというとこの時期に選んだこと自体が失敗です。A社のツアーは3月に入るとほとんど、日程が組まれていません。日程が設定されている範囲内でいける日を選んでいました。B社はまだまだあったようです。このあたりについても落ち着いて探した方がよかったようです。B社にするなら1ヶ月遅らせた方がよかったのかも知れません。

45   感想・余談など その2/2

<雨男・雨女>
 今回は雨が多かったせいか、いつも通り誰が雨男(女)なのか探しが始まりました。だいたいこういうのの言い出しっぺは添乗員さんです。職場にいたころは、何故か知らないけれどもそうなっていました。ひとつだけ宣言していった旅行が大変な雨(傘なしでも大丈夫だったのですが)だったということになってそれ以来のことです。職場では自分がそうだと名乗る人もいました。いつも仲間扱いされていました。否定するのも面倒なのでそういうことにしていました。

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