ヨッシンと地学の散歩 > 旅行記
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2018/10/03-06 中国山地復興割


01    計画・準備

 このところ、望遠鏡を担いで出かけられていません。計画を立ててどこかに出かけたいものです。今まで出かけた旅行の記録作成ができていない分がだいぶたまっています。これがなくならないうちは、計画を立てる余裕はありません。思い出せるうちに何とかしたいのと、文章を書くのに追われて、他のことを考えている時間が作り出せません。本家の方の更新もおろそかになっています。こちらも何とかしたいものです。

02 10/03 西粟倉温泉

 旅行出発日の朝です。7時前に出発する事ができました。近くのガソリンスタンドで満タンにしてから行きます。この時間帯ならまだ駅前の道路は空いています。すんなりと、中国道に入ることができました。急ぐこともないのでゆっくりと走らせていきます。
 作用JCTから鳥取自動車道に入って15分ほどで西粟倉ICに到着です。だいたい2時間くらいでした。いったん休憩を入れることにします。IC出口の近くに道の駅「あわくらんど」があります。ここに立ち寄りることにします。

03 10/03 西粟倉村から智頭町へ

 西粟倉村付近を調べていた時に、ダルガ峰の近くにストーンサークルというのがあるのをみつけました。どんなものか気になるので、次の目的地はここにします。林道ダルガ峰線からすぐの所にあります。林道へは、いったん戻って村の中心付近から上がっていくか、北に延びる谷を遡って峠に着く手前から入っていく2通りがあります。村側の道は入り組んでいるので、谷の奥から行く道を取ることにします。

04 10/03 智頭町芦津渓谷

 副ヶ滝から川沿いに下って智頭の町を目指していきます。10分ほど走ったところで芦津渓谷への案内標識が見えてきました。こちらへもいってみることにします。
 標識に従って右折し少しいったところで、学校のような建物が見えてきました。恋山形地区振興議会と書かれています。山形小学校だった建物を利用しています。中を見学できるようですが、ここはパスすることにしました。

05 10/03 智頭町芦津渓谷三滝

 今歩いているコースの最大の見所は三滝のようです。そこを目指します。渓谷というわりには、それらしいものは、木々に覆われて全く見えません。後でわかったのですが、森林浴をしっかり楽しんでねというのが趣旨のようです。セラピーロードというのもここから名付けられたのでしょう。
 歩いて行くと滝が見えてきました。三滝のようです。ここも木の間からのぞくようにしかみえません。

06 10/03 智頭町 智頭宿へ

 芦津渓谷の駐車場に戻り、車で智頭の町を目指します。山形まで戻り国道を下っていくと到着です。川沿いの道を進んでいくと智頭宿駐車場の案内板がありました。これに従って車を入れて駐めます。学校のグラウンドのような場所というのが少し気になります。
 反対側の入口に観光案内所があったのですが閉まっています。パンフレットとかも外にも置いていないようなので、駅前まで自転車でいくことにしました。その後はついでに町を自転車で回ることにします。

07 10/03 智頭町智頭宿 1/2

 道を引き返し、諏訪酒造の前まで戻ってきました。中に入ってみました。試飲させてくれるのです。残念ながら車です。遠慮します。最も車でなくても飲めません。1号カップと、2−3お土産を買いました。ここのお酒の色は変わった色をしています。どんな色かは現地で確認してください..。
 酒蔵を見学することなく出てきました。店の斜め前にあるのが下町公民館です。これも由緒ある建物のようにみえます。昔の役場のようです。

08 10/03 智頭町石谷家住宅 1/2

 石谷家は屋号を塩谷といいます。屋号があるところを見ると商人だったのでしょうか。江戸期中頃には大庄屋を命じられるような、智頭宿の中心的な家柄だったようです。江戸末期には、地主経営や宿場問屋として繁盛したようです。建物は大正時代に大改修されています。当時やそれ以前の面影が残されているようです。見に行くことにします。

09 10/03 智頭町石谷家住宅 2/2

 建物を入ってすぐの部分の1階は食堂とか展示室とかになっています。食堂は休憩時間になっていては入れません。1階部分は後にして、さらに奥に続く部屋の方にいきます。廊下を進んでいくと突き当たりが正式な玄関になります。2つ入口があります。奥にある入口を使って入ってくるのは、かなり偉い人だったのでしょう。家人や商売関係の人は、土間の前の入口からになります。

10 10/03 智頭町 智頭宿 2/2

 石谷家住宅から少し引き返し、道標のあったところから駅の方に向かいます。この道は備前街道になります。ちなみに、石谷家住宅前の南北方向の道は因幡街道です。こちらに来た理由は、備前街道を少し行ったところに塩屋出店というのと西河克己映画記念館というのがあるからです。二つは隣り合っています。
 塩屋というのは石谷家の屋号でした。西河克己というのは知らなかったのですが、昭和期の智頭町出身の映画監督で、舟木一夫や山口百恵の映画をたくさん撮った監督だそうです。

11 10/03 三朝町福本

 智頭町の駐車場に戻ったのは3時前です。ここまで意外と時間がかかっています。宿のあるところまではまだまだありますから、先を急ぐことにします。国道を北上します。トンネルをぬけたところで、鳥取市に入ります。用瀬町から国道482号に入り西進です。途中で佐治アストロパークの案内がありますがパスします。こんな所にあったのですね。

12 10/03 真庭市古代の森

 国道482号を西に向かって進んでいます。峠を越えて、下って行ったところで岡山県に入ります。県境をいったり来たりしているようです。
 そのまま進んで行くと蒜山と書かれた案内標識があったので右折して進みます。次に出てきた案内に従って進んで行きます。林の中を進んで行くと開けたところに出ました。考えていた近道の方を通ることができたようです。

13 10/03 大山鬼女台

 後は宿に向かって進んで行くだけです。といってもコースはいくつかあります。分岐点を、見逃すと大変なので、カーナビの案内に従って行くことにします。出発前に、セットします。
 カーナビの指示はいったん国道482号に出ることでした。山麓の道には入らないようです。
 国道を西に向かいます。だいぶ西日も傾いてきています。太陽を直接見ることになって、まぶしくて道路の状態がよく見えません。慎重に進んで行きます。

14 10/03 大山鏡ヶ成 星

 宿に入って、食事ととるなど一通りのことを終えたら、星見に出かけることにします。出る前に門限を確認すると10時とのことです。早めに切り上げるときはこれくらいの時もあります。フロントに出かけ先と帰る予定時間を伝え部屋の鍵を預けて出かけます。
 レストハウスの明かりは消えています。ここで星を見ることにします。最初に赤道儀とカメラをセットし、適当に空を写し始めます。まずは天の川です。いて座の南斗六星と土星あたりからわし座アルタイルあたりまでが写っています。カメラのモニターを見る限りでは、写りが良さそうでしたので、このまま撮り続けました。後で見直してみるとそうとうなピンぼけです。しばらくはピンぼけ写真でご容赦を。

15 10/03 大山鏡ヶ成 朝

 朝になりました。いつものように早く目覚めたので、朝食までの間に周辺を歩いてみることにします。外に出てみると、いつの間にか厚い雲が出てきています。このようすだとやめた直後あたりから雲が出てきたのではないかと思われます。
 宿の前の景色です。芝生の広場があります。広々として気持ちが良いものです。手前側で、土の掘り起こされているのは、イノシシの仕業でしょう。

16 10/03 大山鏡ヶ成 擬宝珠山

 まわりが開けてきたところからは、道がゆるやかになります。そのまま少し進むと擬宝珠山の山頂に到着です。ここからは、下の方は見えませんが、遠くの景色はほぼ360度に渡って見わたすことができます。
 擬宝珠山の山頂の標柱と、東側の景色です。江府町南部は、周囲の市町村との境界は高い山に取り囲まれていて盆地になっています。

17 10/03 大山地蔵峠・一向平

 朝食を済ませた後、しばらく休憩してから出発します。今日の最初の予定です。大山の環状道路を左回りにまわり大山寺まで行こうと思っています。事前にチェックした見所としては、大山滝や船上山があります。出発前に宿で、道路を確認したところ特に問題はないとのことでした。大山滝については、遊歩道の整備工事が半年前から入っているようです。工事で通れるかどうか不安なところもあります。

18 10/03 大山滝へ

 工事があるのは、吊り橋から大山滝までの間です。気をつけてお通りくださいと書かれていましたから、通り抜けられる可能性は高いようです。吊り橋を渡る手前の所には、別の道を通ってきた工事関係車両が何台かとまっていました。工事は入っているようです。状態によったら通れないこともありそうです。とにかく行けるところまでいきます

19 10/03 大山滝から一向平

 工事があったのは、大山滝上の広場に上がる手前でした。道に横棒を渡して、段差をつけていました。その場所は横に迂回路が設けられています。足元がぬかるんでいて滑りやすかったのですが、何とか通過することができました。工事はほとんど終わっていて、帰るときには、新しい道を通れるようになっているとのことでした。
 広場に到着といっても林の中です。周りの景色はほとんど見えません。横の崖崩れようすも何とかこの程度のものを見ることができました。滝のように水が流れ落ちているようです。

20 10/03 大山下山

 一向平から加瀬蛇川に沿って下って行きます。大山環状道路は途中から分岐して尾根を越えるようにつけられています。その尾根越えの道に入ったところで、通行止めの標識がありました。この先は通れないようです。大山周回はできません。その先にある船上山にも行けないようです。

21 10/03 大山町妻木晩田史跡公園 洞の原地区

 だいぶ海に近づいたところで、「むきばんだ史跡公園」と書かれた案内標識が見えてきました。「むきパンダ」と読めてしまいます。このあたりに何かの史跡があり、そこを見る場所の候補に挙げていました。代わりになりそうなので行ってみることにします。
 案内のあった場所からはだいぶ離れていたのですが、史跡公園に到着しました。展示施設がありますので、そちらからのぞいていくことにします。ボランティアガイドがあると書かれています。その時間は少し過ぎています。ガイドなしになるでしょう。まずは、展示を先にみることにします。

22 10/03 大山町妻木晩田史跡公園 洞の原地区墳墓群

 洞の原地区が聖域とされるのは、この地区からたくさんの墳墓が見つかっていることからです。墳墓の形も四隅突出型墳丘墓と呼ばれるものです。山陰地方独特の墳墓で、方墳のように四角く盛られた土塁の四隅が角のように張り出しているのが特徴です。出雲市の西谷墳墓群にあるものがその代表です。
 洞の原1号墓です。一つの隅にだけ、石が敷き詰められています。ここを通って墳墓に上がっていったようです。

23 10/03 大山町 妻木晩田史跡公園 妻木山地区

 ボランティアガイドのお姉さんの説明はだいたい終わりました。1時間ちょっとかかりました。つぎの観光場所に行きたいところですが、遺跡の広さのわりには、見た場所の広さが物足りません。妻木山地区の方ものぞいていくことにします。
 ちなみに「妻木」と書いて「むき」と読みます。もともとは「むき」と呼ばれていたのですが、この地区から皇室に嫁がれていったことから、妻がきた→妻木という文字を授かったとのことです。

24 10/03 大山町妻木晩田史跡公園 発掘体感ひろば

 斜面を登った上も平らになっています。ここからもたくさんの建物跡が発掘されたようです。ここのものは、建物を復元するのではなく、発掘中のようすがわかるように残されています。発掘に使われるスコップや測量器具なども置かれています。史跡を見るのではなく、体感するための場所として整備されたようです。「発掘体感広場」と名付けられています。

25 10/03 淀江町古代の丘公園

 むきばんだ史跡公園でだいぶ時間を使ってしまいました。もうどこかによる時間は歩どんど残っていません。寄れても途中にある1ヵ所くらいでしょう。
 ここから、宿のある道後山までのコースを確認します。史跡公園入口の道を西に行くと山陰道淀江ICに出ます。ここから山陰道に入るしかないようです。ICの手前に伯耆古代の丘公園というのがあります。出発前にチェックしていた場所です。時間が微妙ですが、寄っていくことにします。

26 10/05 庄原市道後山クロカンパーク

 道後山の宿は、どちらかというと陸上長距離関係の合宿所のようです。自転車競技関係の人達もいるようです。3組ほど泊まっていました。廊下のボードには明日の練習時程などが書かれています。綿密なものからいい加減なものまで様々です。廊下には靴の乾燥機が並んでいて乾燥中のようでした。ちょっと泊まるところを間違えたかなというような気もしました。

27 10/05 庄原へ

 宿に戻って食事をすませます。一番気がかりなのは、台風の進路です。予想とあまり変わっていないようです。西に向かうのは危険なのですが、広島県内くらいなら何とかなりそうです。明日は早めに切り上げないといけないかも知れません。
 予定は、庄原市街に抜けた後、南に行って上下宿に立ち寄り、三次まで戻って中国道沿いに西に進んでいくことを考えています。

28 10/05 庄原市岩谷堂岩陰洞窟遺跡

 庄原からは上下を目指して行きます。駅正面の道をまっすぐ進むことになります。一昨日出発してからだいぶ走っています。まだ今日の分のガソリンはじゅうぶん持ちます。その先が不安なのと、山の中を走ることが多いので早めに補充しておくことにします。この庄原か次の三次あたりがいいでしょう。車を走らせていると庄原の町外れに近づいたところに1軒ありました。ここで半分ほど足しておきます。

29 10/05 庄原市総領町平谷洞窟

 岩谷堂遺跡の前の休憩所の前には周辺の案内図がありました。それには、この近くに平谷洞窟というのがあると書かれていました。行ってみることにします。他にも、八幡神社や毘沙門堂なども書かれていましたが、洞窟に目がとられて気がついていませんでした。
 岩谷堂遺跡の上にも洞窟がありました。鍾乳洞です。岩陰遺跡の岩も石灰岩です。どうしてこんなところにと思いました。でもよく考えると、ここに来る道を曲がらずにまっすぐに行くと上石です。帝釈台の中心地です。大きな石灰岩台地が広がっています。その縁がこの近くまで広がっていると考えれば、別段不思議なことではなさそうです。

30 10/05 府中市上下宿 1/2

 次の目的地は上下にしています。引き返さないといけないのですが、本道からだいぶ入ってきています。神石に向かう道から分岐したときに、先は上下と書かれていました。先が細くなる不安がありますが、そのまま進んで行くことにします。
 三叉路に出ました。どちらに進むのか書かれていません。元の道は右側にありますから右に進みました。そのまま進んで行くといきなり上下の町に出てしまいました。どちらの方角からやってきているのか全くわかっていません。適当に入っていったのですが、どこに何があるのかわからない状態です。駐車場も見つけられそうにありません。闇雲に走らせまわるよりはいったん駅に向かった方が良さそうです。元の道に戻ってしまったので、そのまま進み、先のコンビニ前で場所を確認し直して駅に向かいます。

31 10/05 府中市上下宿 2/2

 旧街道に戻り先に進んでいきます。通りに面して上下歴史文化資料館がありました。民話資料館とも書かれています。岡田美知代の生家をそのまま資料館にしています。岡田美知代は小説家田山花袋の弟子でした。その後に田山が書いた小説のヒロインのモデルではないかといわれています。建物の中は、岡田美知代の一生と、小説関連の解説が中心となっていました。田山花袋も文学史で名前と代表作名だけ覚えただけです。内容とかをしっていたわけでもないので、あまりピンとは来ませんでした。民話の内容が書かれている一画もあります。

32 10/05 三次市甲奴町品の一の滝

 上下からは三次を目指して走っていきます。そのまま進んで行くと庄原に戻ってしまいます。甲奴別れから吉舎に抜けて北上すると三次です。このルートで進んで行きます。
 甲奴を過ぎ、川を渡って広い谷沿いに進んで尾道自動車道が見えるようになったところで、品の滝と書かれた案内標識ありました。寄っていくことにします。

33 10/05 三次市甲奴町品の二の滝、三の滝

 橋のあったところは、真ん中の品口からきた道が合流するところです。この付近は、谷が広く道も歩きやすくなっています。ルートがあわさった効果もあるのでしょう。案内図によると、ここから二の滝まではすぐのようです。
 ちょっと進むと滝のようなものが見えてきました。段差は2−3mくらいで滝にすると傾斜も緩いので、これは二の滝ではないでしょう。もう少し先にも、滝のようなものが見えています。

34 10/05 三次市甲奴町品の滝から三次へ

 三の滝から先は甲奴口へ抜けます。案内図には鬼が橋というのがあると書かれていました。何となくこの先の道が不安なのと、先に進めばその分戻ってこないといけなくなるので、これ以上先に進むのはやめにします。
 三の滝から少し戻って川と道との段差が小さくなったところに、川の方に下りて行く道がありました。ここから川に下りると、対岸に道が続いています。そこを歩いて行くと三の滝に手前側にでることができました。

35 10/05 みよし風土記の丘

 国道を北上していると、みよし風土記の丘を示す案内標識が出てきました。ここも事前チェックした場所に入っています。国道沿いにあると思っていたのですが、今走っている国道ではなかったようです。指示に従って左折します。
 進んで行くともう一度左折の案内があります。曲がった道は狭い道です。指示がありましたのでその通り進んで行きます。丘を登ったところで、国道に出ました。道はここで行き止まりです。どちらかに曲がらないといけません。狭い道を選んだ以上、右側にはなさそうです。左折します。

36 10/05 みよし風土記の丘七つ塚古墳群東群

 古民家の復元されていた場所より奥は、古墳の密集している区域です。大きく2地域に分布していて、手前側が七つ塚古墳群、奥の方が浄楽寺古墳群といいます。七つ塚古墳群は、東側に少し離れたところにもあってここを七つ塚古墳群東群といいます。
 東群へは、ぐるっと回っている道から別れたまっすぐ進んだ道の先にあります。本群の中心部は帰りにも通ることになりますので、東群から見ていくことにします。

37 10/05 みよし風土記の丘 七つ塚古墳群から浄楽寺古墳群

 七つ塚古墳群の本群は丘の上にかなり密集してたくさん作られています。その中で一番高いところにあるのが、15号墳です。直径が30m、高さが3mほどの円墳です。七つ塚古墳群の中では一番いい場所を占めているので、かなり早い時期に作られてものと考えられているようです。

38 10/05 みよし風土記の丘 浄楽寺古墳群・復元古代住居

 道路から見て浄楽寺西群のある尾根と反対側の少し先にも、古墳がたくさんあります。ここからが浄楽寺古墳群の本群になるようです。続けて写真をたくさん撮ったので、どこまでが西群で、どこからがそうでないのかがわからなくなっています。
 記憶では、西群は小さなものが多かったので、ほとんど深入りをしていないことになっています。写真の撮影時刻、GPSロガーの記録からしても、記憶が正しいようです。

39 10/06 安芸太田町三段峡へ

 台風がだいぶ接近してきています。状況が気になります。わかっている範囲では、出発前の予想通りのコースと速度で進んでいるということです。宿に到着した時点での位置は屋久島の西方約400kmの海上を北に30km/hほどで進んでいるということです。このまま北上を続け、夜半過ぎから向きを北東に変え、6日朝に朝鮮半島南部から日本海に抜けて進みそうです。強風圏内に入るのは晩遅くから、最接近は昼過ぎになりそうです。

40 10/06 安芸太田町 三段峡 姉妹滝

 遊歩道が林の中を通っていたのは、寺が瀬を過ぎるまでの間だけでした。次第に川との間にある木が少なくなってきて、渓流が見えるようになってきます。深そうな淵が見えています。その先には、滝が見えてきました。姉妹滝です。対岸にあります。2本の流れが並んでいる事から名前がつけられたようです。支流が本流に流れ込むところにできています。

41 10/06 安芸太田町 三段峡 庄兵衛岩

 欧米から来たと思われる人達に追いつきました。しゃべっていた言葉はドイツ語のようにも聞こえました。一番最後にいる人は、道に落ちた枯れ枝を見つけると、拾っては川の方に捨てるという事をしています。お国ではこれがマナーなのでしょうか。台風の影響でこれからたくさん落ちてきそうだし、川に捨てたところで、たまって川を汚す元になります。と考えたりしますが、捨てた方がいいのでしょうか。

42 10/06 安芸太田町 三段峡 女夫淵

 三段峡は、柴木川にそって全長12kmあります。全部見るのは1日がかかりになりそうです。車を駐めた一番下流の正面口からは、いくつかのおすすめコースが設定されています。一番標準的なのは、渓谷美堪能Cコースのようです。このあたりでも、まだその半分もきていません。景色を見ながらだと時間がかかります。といっても、台風が接近しているため少し急ぎ足になっています。

43 10/06 安芸太田町 三段峡 黒渕

 三段峡渓谷美堪能Cコースも終わりに近づいてきたようです。このあたりから渡船にのって行くことになっています。看板があって、今日は台風のために欠航すると書かれてありました。道は二股に分かれています。渡船口に行くのは川の方に向かっている方の道です。欠航時は立ち入り禁止と書かれています。この先に両岸が切り立った崖になっている黒淵というのがあります。川にでてどんなものなのか見たいのですが、指示に従って近づくのはやめにします。渡船口にいったとしても見られるとは限りません

44 10/06 安芸太田町 三段峡 雄滝・雌滝

 三段峡の一般的な散策コースは黒淵までのようです。普通ならそれに従ってそこで引き返すところです。パンフレットを見ていると、その先の大政・小政というところは断層が作ったと書かれています。地学をやっている以上は、どうしても気になってしまいます。頭の中では、ここまで行って引き返すということになっています。


45 10/06 安芸太田町 三段峡 大政・小政

 黒淵から先の川の流路、2kmほどの区間は、2回直角に左へ曲がります。その間はまっすぐなので、上から見ると「コ」の字のように見えます。文字の左下からなぞっていくよう進みます。「コ」の字の右下の角にあったのが、雌滝や雄滝、仏岩です。大政小政は右上の角にあります。

46 10/06 庄原市 比和自然科学博物館

 三段峡正面口駐車場前の交流広場へパンフレット類がないか見に行ったら、黒淵の手前ですれ違った親子連れが、手持ちぶさたそうにして座っていました。バスを待っているとのことです。出発まで1時間近くあります。欧米人グループも同じバスで来たとのことです。彼らの方はバス時刻にあわせて歩いているのでしょう。まだ到着していません。

47 10/06 庄原市比和町

 博物館のパンフレットの裏面に比和ぶらりまちあるきMAPが書かれているものがあります。参考にしながら、ぶらっと歩いてみることにします。
 町の中心部は博物館前のバイパスをまわった向こう側にあります。館の古い入口前に新しいバイパスの下をくぐるトンネルがあります。ここをくぐって町の方に行きます。ぬけた先は、川の縁になります。前に橋が見えています。そこまで行ってみた比和川です。一面に水が流れています。水量は増えているのでしょうか。

48 10/06 帰阪、そして余談など

 比和は中国道からはだいぶ離れたところにあります。中国道に戻った頃には薄暗くなり始めています。ここまで来るとだいぶ風は弱くなっているようです。そのまま、高速道路を東に向けて進みます。
 車を走らせていると、だんだん気になることができてきました。金属を引きずるような音が聞こえてくることです。防音壁のある所では、そちらの方から聞こえる音が大きくなっているような気がします。駆動部が変形とか何かの理由でこすれて音が出ていて、それが防音壁で反射して聞こえてきているのではないかと心配になってきました。今のところ加熱による焦げ付いたようなにおいは発生していないようです。いきなり起こるということは考えられません。音もこすれあわさっているにしては少し変です。においがでてくるまでようすを見ることにします。



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