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散歩道のささやき
アイソスタシー

「地殻はマントルの上に浮かんでいる(ように釣り合いを保っている)」という考え方をアイソスタシーまたは地殻の均衡説といいます。 この考え方について検証していくことにします。

発見の経緯
   大きな山脈の近くでは、山脈が持つ質量にために万有引力が働き、重力の方向がわずかに山脈側に向きます。 そのため水面は真の水平面に対して山脈と反対側に傾きます。山の高さを測量する場合、水面を使って水平を調べますが、 このような違いがあると求められた山の高さに誤り(誤差)が生じます。そこで、山の引力の大きさがどれくらいなのかを見積もって、 誤差がなくなるように調整します。ヒマラヤ山脈の測量でもこの調整を行ったのですが、 山脈の引力の大きさが見積もりより小さいことがわかってきました。引力が小さいのは、軽い物質が詰まっていると想像されます。 そこで、1855年にエアリーが、山脈は軽い岩石でできており、軽い岩石でできている山ほど高くなるという考えを発表しました。 この時、均衡面という深さの場所(右下図赤線)を想定し、その上に乗っている岩石の重さが等しくなると考えました。 ある深さで上に乗っているものの重さが等しくなるのは、液体中にものが浮かんでいる場合に成り立ちます。 エアリーの考えは、山を作る岩石がその下にある液体状のものの上に浮かんでいることを表しています。 液体状のものが何かははっきりしませんが、岩石が地殻に相当するのなら、液体状のものはマントルにあてはまると考えられます。 地殻はマントルの上に浮かんでいるという様に考えることができます。これが、後にアイソスタシーと呼ばれるようになります。
アイソスタシー比較  エアリーの考えで問題だったのは、実際には山脈を作る岩石も丘陵や平野を作る岩石も同じで密度に違いがないという点です。 そこで、プラットは、山脈のような地表面の高いところは、地殻が厚なっていると考えることで説明しました。 地殻がマントルの上に浮かんでいるなら、地殻はマントルに深く沈み込み、その分の浮力で地表面も高くなります。 マントル中に深く沈み込んだ地殻の岩石の引力は、本来そこにあるはずのマントルの岩石が作る引力より小さいので、 山脈の引力が小さくなった理由も説明できます。
 もしアイソスタシーが成り立つのならプラットの考えが正しいように見えますが、実際には、 地殻の薄い海洋部は密度のやや大きい玄武岩質の岩石で、地殻の厚い大陸部は密度のやや小さい花こう岩質の岩石でできていますので、 大陸部は密度がやや小さくなっていて、エアリーの考えた要素も多少は含まれていることになります。

 問題点と補足証拠
 アイソスタシーで問題となるのは、「(液体の上に)浮かんでいる」という部分です。この液体に相当するのがマントルなのですが、 地震波のS波の伝わる様子を見る限りは、マントルは液体ではなく間違いなく固体であることです(S波は液体中を伝わらないから)。 このことに対する解決方法として、マントル物質の塑性変形を考えます。岩石は、高温のガラスや飴のように、 固体であってもゆっくりと変形する性質(塑性)があります。すぐに浮かび上がったり沈んだりして釣り合った状態になる(均衡状態) 事はできないけれど、ゆっくりとならだんだん均衡状態になっていくことができます。均衡を破るようなことが起これば、 数千年以上かけてゆっくり均衡を保った状態になっていきます。
 アイソスタシーが成り立つ例としてあげられるのが、スカンジナビア半島での隆起現象です。 スカンジナビア半島では激しい隆起運動が見られます。といっても隆起の中心となっているのは、 南岸から南側に広がるバルト海と呼ばれる入り江で起こっています。バルト海またはその奥のボスニア湾より、 スカンジナビア半島といった方が位置がわかりやすいのでこのような呼び方がされています。 バルト海沿岸では年間1cmを超える隆起が見られる場所もあります。この地域のもう一つの特徴は、氷河時代に巨大な氷床が作られ、 バルト海を中心に氷河が周囲に流れ出していたことです。このことは氷河の作る地形や痕跡から推定できます。 現在の南極大陸では氷河の厚さが4000mを超えるところもあります。バルト海を中心にあった氷河も同程度の厚さを持っていたと考えられます。 これだけの厚さの氷河が乗ると、その重みは相当なもので、そのため地殻は沈んでいったものと考えられます。 その後約1万年前には氷河は完全に溶け去り、地殻に加わった重みがなくなったため、沈んだ地殻が元の位置に戻ろうとして隆起しています。
 このような説明がなされていますが、もう少し確認したいことができてきました。 現在厚い氷床のある南極大陸やグリーンランドの地殻は沈んでいるのでしょうか。 氷河時代に厚い氷床のあった地域でも同じ事が起こっているのでしょうか。順番に確認します。
 南極大陸の断面図については地図帳に記載されています。南極大陸中央を横切る山脈の太平洋側は、 氷床の下底は海面下1000m位の深さにあります。反対側(昭和基地側)はそれほど深くないものの、海面下に達する所も見られます。 氷河はもともと雪が積もってできるもので、雪の積もらない海面下にできることはありません。氷河のある地域はもともとは海面上にあり、 それが海面下になっていることは地殻が沈降したことを意味しています。流れてきた氷河が浅かった海底を埋め尽くしたり、 地表面を削って海面下にしたことも考えられます。氷床の流域面積と、海面下の地域の広さがあまり変わらないことを考えてみると、 地殻は沈降しているといえます。グリーンランドでは、適当な資料が見つからないのですが、 世界地図で氷河を除いた状態を書いたものを見たことがありますが、 それにはグリーンランドは海岸付近のみが陸地になっていたのが印象に残っています。
 過去に氷床のあった地域はどうでしょうか。氷河時代の氷床が分布していた地域のもう一つの中心は北アメリカ北部にあります。 カナダ北東部に大きな入り江があります。バルト海周辺とと地形がよく似ています。中心部に大きな窪地があり、海が入り込んでいます。 氷河によって地殻が沈んだところの中心部が大きな入り江になっているようです。地殻が隆起しているかどうかの記録は確認できていませんが、 隆起しているようなことを書いている本をみたことがあります。
 氷河によって地殻が浮き沈みするのは間違ありません。

成り立たない例
 アイソスタシーが成り立たないとされているのは二つあります。海溝付近と中央海嶺付近です。
 海溝付近は他の海洋底に比べて地殻の厚さはそれほど変わらないのに、海底は2倍近くの深さになっています。 これに対して、中央海嶺では地殻が薄いのに海底面が盛り上がり海底大山脈となっています。 海溝付近では必要以上に地殻が沈み込んでいて、中央海嶺付近では必要以上に浮き上がっています。
 一般的な解釈では、マントル対流にその原因があるとしています。海溝付近での説明としては、マントル対流が沈み込み、 それに引きずられるように地殻が沈み込んでいることが原因だとしています。また、中央海嶺では、対流がわき上がり、 それによって地殻が押し上げられていると考えます。
 マントルが対流しているのは否定しませんが、一般的にいわれているマントル対流には疑問点が残っています。 プレートが動くのは、マントル対流にあるとするのではなく他の所にあると考えた方がいいようです。 むしろ、プレートが動くことによってマントルに対流が生じているように見えます。 それなら、海溝や中央海嶺付近でアイソスタシーが成り立っていないのはどうしてなのでしょうか。 アイソスタシー説そのものが間違っているのでしょうか。 
 ヒマラヤ山脈などの隆起を考える人もいますが、プレートの衝突によって地殻(プレート)が厚くなっているためと考えた方がいいでしょう。 氷河時代の氷河(氷帽)の影響もあるでしょう。

新たな展開
 海溝・中央海嶺でのアイソスタシー不成立の原因を考える上でのヒントは、マントル対流が考え出された理由の中に隠されています。 地球表面は、いくつかのプレートでできていて、それが動く原因として持ち出されたのがマントル対流です。 ここででてきたプレートについて整理してみます。
 地球のマントルの最上部を地震波の伝わり方で調べてみると、深さ100km付近から下はそれより上部と比べると地震波速度が遅く、 減衰が激しく(伝わりにくい)なっています。そこで100kmより深い場所をアセノスフェア、浅い場所をリソスフェアと呼んで区別しています。 アセノスフェアでは、構成している岩石が溶けかかっていて軟らかく、流れやすくなっています。 リソスフェアはかたく岩板となって地球の表面を覆う殻のようになっています。岩板は、いくつかのブロックに分かれ、 さまざまな方向に移動するプレートとなります。
 アイソスタシーに考えを戻します。そもそも、アイソスタシーは液状のものの上にある物体に働くと考えられます。 単純に、地球表層は地殻とマントルに分かれているから、「地殻はマントルの上に浮かんでいる」と考えたのですが、 新たに液体に近いものとしっかりとした固体の部分が見つかった以上、アイソスタシーはこの二つの間で成り立つと考えるのがいいでしょう。 つまり、「リソスフェアはアセノスフェアに浮かんでいる」です。ただし、用語の使い方としては正しくないので注意してください。
 プレートが(その下にあるマントルに)浮かんでいるといった方が簡単でいいのですが、それでも、理屈に合わないことがあります。 リソスフェアもアセノスフェアも構成している岩石は同じです。違いは固まっているか溶けかかっているかという点です。 簡単にするため、固体か液体かという観点で見ていきます。それでも間違いは生じません。
 さて、同じ物質では、固体と液体ではどちらが密度が大きいでしょうか。一つだけ例外があります(水と氷)が、 固体の方が密度は大きくなります。液体では構成している分子や元素などが自由に動き回れるため、 その分粒子間の間隔が広くなり体積が増えるからです。重たいプレートが、軽いマントルの上に浮かんでいるというのは変な言い方のですが、 もしこのようなことがおこればどうなるかを考えていくことにします。
 軽いものが浮かんでいれば、厚さが厚いほど上面の高さは高くなります。逆に重いものがのっていれば、 厚さが厚いほど上面の高さは低くなります。このこととあわせて、海洋プレートの変化を考えてみます。
海洋プレート断面  海洋プレートは中央海嶺で作られます。この付近では、火山噴火によってできた玄武岩を主体とする軽い地殻がプレートの大部分を占めています。 プレートそのものも非常に薄くなっています。海底面の深さが浅い事が説明できます。
 中央海嶺からプレートが離れていくに従って、プレート下のマントルが冷却固結し、プレートに付着してプレートが厚くなっていきます。 そのため海底面は、中央海嶺から離れるに従って深くなります。ハワイ島からつながる海山列をみると、 その山頂部の高さは低くなり、海底下に没してからも沈んでいくようすがわかります。
 海溝付近でこの解釈によるアイソスタシーが成り立っているかどうかは微妙です。 マントルにぶら下がっているプレートも含めての重量を考えてもいいのですが、そもそも沈み込んでいるものは 「浮かんでいる」ではないので、成立していないと考えた方がいいでしょう。 海溝付近は沈み込むプレートに引きずられて海底面が下がっている、アイソスタシーが成り立っていない場所となります。
 大陸プレートには、溶融したマントル物質よりはるかに軽い大陸地殻を主体としますので沈んでいくことはありません。

 アイソスタシーの考え方は「アセノスフェアの上にリソスフェアが浮かんでいる」といっていいのですが、  日本語訳の「地殻の均衡」があり、なかなか「リソスフェアの均衡」には修正されないようです。
 



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